岩波フォト・ドキュメンタリー 世界の戦場から
国境を越える難民
祖国を知らない子どもたち.平和な時代を知らない人びと.内戦と疫病で死が日常の風景になっている社会.
著者 | 小林 正典 著 |
---|---|
ジャンル | 書籍 > 単行本 > 写真 |
シリーズ | 岩波フォト・ドキュメンタリー 世界の戦場から |
刊行日 | 2003/07/04 |
ISBN | 9784000269629 |
Cコード | 0331 |
体裁 | A5 ・ 上製 ・ 函入 ・ 80頁 |
在庫 | 品切れ |
祖国を知らない子どもたち.平和な時代を知らない人びと.内戦と飢えと疫病で,死が日常の風景になっている社会.絶望で難民たちの眼が曇らないうちに必死でシャッターを押した数々の写真.そこから,戦争の非道さと,したたかに生きる人間の底力に気づき,彼らへの援助,平和の構築はどうあるべきかが問い直されていく.
■「あとがき」より
アフリカの飢餓難民を取材してから,23年が経った.世界からの援助があり,日本のNGOも育ち,状況は徐々に改善されるはずだった.だが,何年現場を歩いても同じ状況の繰り返し,何の進歩も見えない.逆に,大量難民の発生が世界各地で相つぎ,この20年で難民数は急増した.私は,さらに泥沼化した難民問題の深みから抜け出せずにいる.
難民となって国境を越える背景には大抵,独裁者がいる.ポル・ポト,フセイン…….政権維持のために国家予算を軍事費につぎ込み,国民を弾圧する.あるいは,自分の民族を優位に置きたい,領土を広げたい,自己中心的な欲望の結果が難民だ.
難民問題を元凶から断つ方法はないのか,20年以上も自問してきた.力による強制,軍事力で解決を図ることはできない.その先には力による報復が待っている.科学の進歩も,弱者には届かない.世界はいま,物につき動かされている.それと対極のものが解決のヒントのはずだ.
マザー・テレサは,マケドニア生まれのアルバニア人だ.マケドニアにも多くのコソボ難民が流入している.出身地に近いことでマザー・テレサを強く思い出すうち,かつて,目の前で語ってくれた,ある言葉がよみがえった.
「愛は家庭から始まります.まず,家庭から始めてください.やがて,外へと愛の輪が広がっていくでしょう」
20年前の私はこの言葉の意味を理解していなかった.憎しみを煽る独裁者ミロシェビッチではなく,マザー・テレサのような愛を説く指導者がいれば,コソボの悲劇は起きなかった.
難民問題に関わり始めてから,私はたくさんの人に出会い,助けられ,影響を受けてきた.中でも,母親的愛情とまれに見る行動力を持つ女性3人に会うことができたことは,私の難民,貧困問題を継続する原動力となっている.
最初の出会いは,「世界の貧しい人のお母さん」マザー・テレサ.どんな人も人間としての尊厳を持っている.愛されていることを示したいと,どれほど忙しくなっても,直接貧しい人と接する時間を最も大切にし,事実その時が最も輝いて見えた.ひとりで始めた活動が,数十年で世界に広がるほどの共感を集めた.マザー・テレサの,「まず,貧しい人に手を差し伸べて」,という私へのひと言が,撮影は,心と心の出会いであるという,写真家としての心構えまで教えてくれた.
2番目の出会いは犬養道子さん.文章と写真による難民レポート『難民・終りなき苦悩』(岩波書店刊)で,人が支えあうこと,共存することの大切さを力強く説く.共著者でありながら,私はずいぶんこの本に教えられ,大胆な章立ての手法に息をのんだものだ.彼女の著書『人間の大地』は,日本の難民問題のバイブルとなっている.多くの若者が犬養さんの呼びかけに応えボランティアとなり,NGOを立ち上げていった.「日本の若者を育てあげた」筆頭者と言えるだろう.
3人目が,緒方貞子さん.難民高等弁務官として着任する前,ジュネーブのUNHCRスタッフは,日本人である私に,オガタはスーツケースを何個持ってくるのか,と冗談交じりで質問した.日本政府がその経済力でポストを得たと思われていたのだ.したがって,スーツケース何個分の札束,の意味だった.
歴代の高等弁務官はオフィスワークが中心だった.彼女は着任するとすぐに現場に出た.たえず現場に飛び,難民の声を聞き,問題解決に取り組む.まさに「難民のお母さん」だった.その姿勢と行動力は,スタッフを驚嘆させた.あの年齢で,行動し続けるエネルギーがどこから出てくるのか,と聞かれ,日本人として私は誇らしかった.「10年間単身赴任だったので,日本に戻って家庭サービスします」,と私に語ってくれたが,21世紀も世界は緒方さんの行動力をほうっておかない.
3人の女性は,いずれも小柄でエネルギッシュ,現場第一主義,母親的愛情は尽きることがない.
難民問題は,人の心の貧しさが作り出した.心が作り出した問題なら,心をもって解決にあたるしかない.一番時間がかかることだが,みんなが平和に暮らすことを願うような教育を世界中で広げる,心を育てることに尽きるだろう.私も,子どもや,若者の心に響く方法を模索し続けていくしかない.
「報道」を守り,若手の育成を目的にJVJA(日本ビジュアル・ジャーナリスト協会)を立ち上げた広河隆一さん.厳しい出版状況のなか,激動の世紀だからこそシリーズの実現を,と岩波の編集者・馬場公彦さん.2人の出会いと情熱が今回の企画を生んだ.川島進さんの装丁もシリーズを引き立てる.
このシリーズに参加する機会を与えられたこと,そして20年以上にわたる私の難民取材を助けてくださったすべての皆様に,心より感謝いたします.
■「あとがき」より
アフリカの飢餓難民を取材してから,23年が経った.世界からの援助があり,日本のNGOも育ち,状況は徐々に改善されるはずだった.だが,何年現場を歩いても同じ状況の繰り返し,何の進歩も見えない.逆に,大量難民の発生が世界各地で相つぎ,この20年で難民数は急増した.私は,さらに泥沼化した難民問題の深みから抜け出せずにいる.
難民となって国境を越える背景には大抵,独裁者がいる.ポル・ポト,フセイン…….政権維持のために国家予算を軍事費につぎ込み,国民を弾圧する.あるいは,自分の民族を優位に置きたい,領土を広げたい,自己中心的な欲望の結果が難民だ.
難民問題を元凶から断つ方法はないのか,20年以上も自問してきた.力による強制,軍事力で解決を図ることはできない.その先には力による報復が待っている.科学の進歩も,弱者には届かない.世界はいま,物につき動かされている.それと対極のものが解決のヒントのはずだ.
マザー・テレサは,マケドニア生まれのアルバニア人だ.マケドニアにも多くのコソボ難民が流入している.出身地に近いことでマザー・テレサを強く思い出すうち,かつて,目の前で語ってくれた,ある言葉がよみがえった.
「愛は家庭から始まります.まず,家庭から始めてください.やがて,外へと愛の輪が広がっていくでしょう」
20年前の私はこの言葉の意味を理解していなかった.憎しみを煽る独裁者ミロシェビッチではなく,マザー・テレサのような愛を説く指導者がいれば,コソボの悲劇は起きなかった.
難民問題に関わり始めてから,私はたくさんの人に出会い,助けられ,影響を受けてきた.中でも,母親的愛情とまれに見る行動力を持つ女性3人に会うことができたことは,私の難民,貧困問題を継続する原動力となっている.
最初の出会いは,「世界の貧しい人のお母さん」マザー・テレサ.どんな人も人間としての尊厳を持っている.愛されていることを示したいと,どれほど忙しくなっても,直接貧しい人と接する時間を最も大切にし,事実その時が最も輝いて見えた.ひとりで始めた活動が,数十年で世界に広がるほどの共感を集めた.マザー・テレサの,「まず,貧しい人に手を差し伸べて」,という私へのひと言が,撮影は,心と心の出会いであるという,写真家としての心構えまで教えてくれた.
2番目の出会いは犬養道子さん.文章と写真による難民レポート『難民・終りなき苦悩』(岩波書店刊)で,人が支えあうこと,共存することの大切さを力強く説く.共著者でありながら,私はずいぶんこの本に教えられ,大胆な章立ての手法に息をのんだものだ.彼女の著書『人間の大地』は,日本の難民問題のバイブルとなっている.多くの若者が犬養さんの呼びかけに応えボランティアとなり,NGOを立ち上げていった.「日本の若者を育てあげた」筆頭者と言えるだろう.
3人目が,緒方貞子さん.難民高等弁務官として着任する前,ジュネーブのUNHCRスタッフは,日本人である私に,オガタはスーツケースを何個持ってくるのか,と冗談交じりで質問した.日本政府がその経済力でポストを得たと思われていたのだ.したがって,スーツケース何個分の札束,の意味だった.
歴代の高等弁務官はオフィスワークが中心だった.彼女は着任するとすぐに現場に出た.たえず現場に飛び,難民の声を聞き,問題解決に取り組む.まさに「難民のお母さん」だった.その姿勢と行動力は,スタッフを驚嘆させた.あの年齢で,行動し続けるエネルギーがどこから出てくるのか,と聞かれ,日本人として私は誇らしかった.「10年間単身赴任だったので,日本に戻って家庭サービスします」,と私に語ってくれたが,21世紀も世界は緒方さんの行動力をほうっておかない.
3人の女性は,いずれも小柄でエネルギッシュ,現場第一主義,母親的愛情は尽きることがない.
難民問題は,人の心の貧しさが作り出した.心が作り出した問題なら,心をもって解決にあたるしかない.一番時間がかかることだが,みんなが平和に暮らすことを願うような教育を世界中で広げる,心を育てることに尽きるだろう.私も,子どもや,若者の心に響く方法を模索し続けていくしかない.
「報道」を守り,若手の育成を目的にJVJA(日本ビジュアル・ジャーナリスト協会)を立ち上げた広河隆一さん.厳しい出版状況のなか,激動の世紀だからこそシリーズの実現を,と岩波の編集者・馬場公彦さん.2人の出会いと情熱が今回の企画を生んだ.川島進さんの装丁もシリーズを引き立てる.
このシリーズに参加する機会を与えられたこと,そして20年以上にわたる私の難民取材を助けてくださったすべての皆様に,心より感謝いたします.
小林正典(こばやし まさのり)
1949年,京都市生まれ.フリーのフォト・ジャーナリストとして世界72カ国を取材.80年から2000年まで国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)と写真契約.82年,よみうり写真大賞・報道部門1席.89年,ニューヨーク国際広告フェスティバル・人権と平和の推進部門銅賞.94年,国連写真家賞.97および99年,産経児童出版文化賞推薦.
写真集に『世界のお母さん マザー・テレサ』(ポプラ社),『悪魔の兵器・地雷』(ポプラ社),『みなおなじ地球の子』(ポプラ社),『マザー・テレサと神の子』(PHP研究所),『難民・終りなき苦悩』(岩波書店),『対人地雷 カンボジア』(毎日新聞社),『「未明の街」阪神・淡路大震災』(大月書店),『ブッダの生涯』(新潮社)など.
1949年,京都市生まれ.フリーのフォト・ジャーナリストとして世界72カ国を取材.80年から2000年まで国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)と写真契約.82年,よみうり写真大賞・報道部門1席.89年,ニューヨーク国際広告フェスティバル・人権と平和の推進部門銅賞.94年,国連写真家賞.97および99年,産経児童出版文化賞推薦.
写真集に『世界のお母さん マザー・テレサ』(ポプラ社),『悪魔の兵器・地雷』(ポプラ社),『みなおなじ地球の子』(ポプラ社),『マザー・テレサと神の子』(PHP研究所),『難民・終りなき苦悩』(岩波書店),『対人地雷 カンボジア』(毎日新聞社),『「未明の街」阪神・淡路大震災』(大月書店),『ブッダの生涯』(新潮社)など.
書評情報
雲遊天下 2003年10月1日号
毎日中学生新聞 2003年9月1日
東京新聞(朝刊) 2003年8月3日
読売新聞(朝刊) 2003年8月3日
毎日新聞(朝刊) 2003年7月30日
公明新聞 2003年7月28日
北海道新聞(朝刊) 2003年7月20日
毎日中学生新聞 2003年9月1日
東京新聞(朝刊) 2003年8月3日
読売新聞(朝刊) 2003年8月3日
毎日新聞(朝刊) 2003年7月30日
公明新聞 2003年7月28日
北海道新聞(朝刊) 2003年7月20日