岩波フォト・ドキュメンタリー 世界の戦場から

核に蝕まれる地球

放射能は人間社会から安心と幸福を奪い,地球を生物が何世代にもわたって生きてゆけない土地に変える.

核に蝕まれる地球
著者 森住 卓
ジャンル 書籍 > 単行本 > 写真
シリーズ 岩波フォト・ドキュメンタリー 世界の戦場から
刊行日 2003/08/06
ISBN 9784000269711
Cコード 0331
体裁 A5 ・ 上製 ・ 函入 ・ 78頁
在庫 品切れ
セミパラチンスク,ビキニ島,ハンフォード(ワシントン州),ネバダ,ジャドゴダ(インド),イラク….核実験や放射性廃棄物や劣化ウラン弾によって日々被曝し,白血病,ガン,先天性異常などの危険に脅える人びと.放射能は人間社会から安心と幸福を奪い,地球を生きものが何世代にもわたって生きてゆけない土地に変えていく.

■「あとがき」より

私が世界の核被害の取材を始めて9年が過ぎた.20世紀最大の発見は核エネルギーであった.なかでも核兵器は地球を何度も破滅させるだけのエネルギーを持っている.核保有国はそれを手放そうとしないばかりか,アメリカは先制核攻撃すら公言している.現在なお,人類の最大の課題は核兵器の廃絶と核戦争を防止することである.
 私はこの取材を始めるに当たって,20世紀最大の負の遺産は核兵器開発だと考えた.人類が次の世紀――21世紀を真の意味で人類の未来を切り開く世紀とするためには,この負の遺産をしっかりと見据えた上でなければ,本当の意味での未来は切り開かれない.
 そこで,その開発の過程で何が起こったのか,開発の中心地,核実験場で何が行なわれ,周辺住民にどのような被害をもたらしたのかをしっかりと見つめる必要があると考えた.
 この間取材した核被害地は,米核実験場マーシャル共和国ビキニ環礁,旧ソ連セミパラチンスク核実験場,アメリカ・ネバダ核実験場風下地区(ユタ州),ハンフォード核施設・ワシントン州,インド・ウラン鉱山の村――ジャドゴダ,ロシア・チェリャビンスク核工場,チェルノブイリ原発,など世界10カ国になる.
 さらに,1998年からは1991年の湾岸戦争で米英軍が初めて使った新兵器・劣化ウラン弾被害について取材を始めた.劣化ウラン弾は核兵器ではないが核兵器に準ずる放射能兵器だ.アメリカは劣化ウラン弾と被害との関係を認めず,西側のメジャーなメディアからはイラクから発信される情報はサダム・フセインのプロパガンダとして一括されてしまう状況の中で取材が始まった.
 イラクでは子どもたちが次々とガンや白血病で亡くなり,高い確率で先天性異常児の出産が確認された.この事実と劣化ウラン弾の使用された事実との間にどのような因果関係があるのか? 低線量被曝による人体への影響は核実験場での長期にわたる取材でたくさんの事例を見てきた事が役立った.
 イラクでの湾岸戦争後の異常事態は立証困難な事であった.イラクはサダムの独裁国家であり,一方,使用したアメリカはその因果関係を認めておらず,劣化ウラン弾とガンや白血病の多発の科学的立証ができない状況のなかで,メジャーメディアはこのことを取り上げようとしなかった.
 この問題がメディアに取り上げられるようになったのは皮肉にも,アメリカのイラク攻撃が迫った昨年頃からだった.
 世界中の国々と人びとが反対したにもかかわらず,アメリカはイラクへの武力行使に踏み切ってしまった.そして,今度も劣化ウラン弾を大量に使用したことが分かってきた.しかも,湾岸戦争のときにはイラク・クウェート国境に砂漠地帯で使用されたが,今回はバグダッドなど人口密集地域に.これまで取材してきた経験からこれからイラクの人びとの上に起こる悲劇を考えると,背筋が寒くなる.

 臭いもなく,味もなく,被曝しても痛くも痒くもなく,直ぐに発病するでもない,五感で感じることのできない被曝.しかも被曝による病気はガンや白血病など,通常の病気だ.現代科学は個々の被害を放射線の被曝によるものと断定できない.ここにこの取材の困難さがあった.しかし,はっきり言えることは,その地域にはガンや,白血病,先天的異常など放射線の影響と思われる病気の人びとが異常に多い,その人びとは被曝していること.現地の医師が放射能の影響だと言っていることだ.
 科学的因果関係が証明されないからといって,そこで起こっている事実を無視して良いのか.ジャーナリストはそこでもがき,苦しんでいる人々の叫びを伝える義務があると思う.

 20世紀人類は「核」という「パンドラの箱」を開けてしまった.しかし希望の火は決して消えたわけではない.人類の英知は21世紀「パンドラの箱」の底に残った希望の火を見つけるに違いない. そのために私の仕事が少しでも役立てば幸いである.

 この取材を支えてくれた,家族や現地での取材に協力していただいたたくさんの人びとに感謝します.
 また写真集を発行するに当たり監修の広河隆一さん,岩波書店の馬場公彦さんにはお世話になりました.
森住 卓(もりずみ たかし)
1951年,神奈川県生まれ.フォトジャーナリスト.基地,環境問題等を中心に取材活動を行なってきたが,94年より世界の核実験場の被曝者を取材.旧ソ連セミパラチンスク核実験場の取材で,週刊現代「ドキュメント写真大賞」受賞.『セミパラチンスク』で日本ジャーナリスト会議特別賞,平和・協同ジャーナリスト基金奨励賞を受賞.98年より湾岸戦争で米英軍がイラクで使った劣化ウラン弾による人体への影響の取材を続けている.
著書に『イラク 湾岸戦争のこどもたち――劣化ウラン弾は何をもたらしたか』(高文研),『イラクからの報告』(江川紹子・文,小学館),『私たちは いま,イラクにいます』(シャーロット・アルデブロン・文,講談社)など.
(森住 卓のホームページ http://www.morizumi-pj.com/)

書評情報

リテレール別冊19ことし読む本いち押しガイド2004 2003年12月号
茨城新聞 2003年10月19日
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