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岩波科学ライブラリー

音のイリュージョン

知覚を生み出す脳の戦略

なんど聴いてもやっぱり不思議.錯覚体験サイト〈イリュージョンフォーラム〉の錯聴をとことん楽しもう.

音のイリュージョン
著者 柏野 牧夫
通し番号 168
ジャンル 書籍 > 自然科学書 > 岩波科学ライブラリー
書籍 > 岩波科学ライブラリー > 人間・心理
日本十進分類 > 自然科学
シリーズ 岩波科学ライブラリー
刊行日 2010/04/23
ISBN 9784000295680
Cコード 0311
体裁 B6 ・ 並製 ・ カバー ・ 126頁
在庫 品切れ
周波数の高い音が低く聞こえる.右にある音が左に聞こえる.同じ音の聞こえ方が変化する.存在しない音が聞こえる.そんな不思議な錯聴を体験できるウェブサイト〈イリュージョンフォーラム〉を知っていますか.聴きどころの紹介から,錯聴の背後にある脳内の音の処理メカニズムの解説まで,耳と脳にビンと響く一冊です.


■ 「プロローグ」より
 『音のイリュージョン』.怪訝に思われる向きも多いかもしれない.
 ものの見え方に関するイリュージョン=錯視は広く知られている.心理学の入門書などに載っている,線に矢羽をつけると長く見えたり短く見えたりする現象(ミュラーリヤー錯視)から,エッシャーの無限階段のようなトリックアートに至るまで,なにがしか目にしたことのない人は少ないだろう.
 それに比べて,聞こえ方に関するイリュージョン=錯聴は,たしかにマイナーである.存在を知られていないだけならまだしも,ときには「聴覚にはイリュージョンはない」という極論すら耳にする.そういう論者はおそらく,「聴覚は視覚よりはるかに単純で,音が耳に入ればそれが聞こえる.それ以上でも以下でもない」と信じているのだろう.あるいは自分の耳に自信があって,「聞こえているものが実際の音とずれていることなどあり得ない」と思っているのかもしれない.
 しかし,実際には違う.
 触覚や味覚や嗅覚など他の感覚もそうだが,聴覚にもちゃんと,多種多様なイリュージョンがある.感覚器への物理的な入力の通りに知覚されない現象をイリュージョンと呼ぶなら,日常生活はイリュージョンで満ちている.
 それならば,私たちの知覚内容が周囲の状況とかけ離れた不正確なものになってしまうかというと,そんなことはない.むしろ逆で,日常経験する複雑な状況にうまく適応するためには,イリュージョンが不可欠なのだ.音楽家だろうがオーディオマニアだろうが,イリュージョンのない聴覚はない.「耳のよさ」と言われるもののかなりの部分は,イリュージョンを生成する能力に依拠している.イリュージョンは,知覚を生み出すための脳の巧妙な戦略の表れとでも言うべきものである.


■関連サイト
 必見・必聴! 《イリュージョンフォーラム》とは

  https://illusion-forum.ilab.ntt.co.jp/

『音のイリュージョン』に出てくる錯聴と錯視のほとんどが,このウェブサイトで実際に体験できる.サイトの管理運営はNTTコミュニケーション科学基礎研究所による.
プロローグ

1 存在しない音が聞こえる
削除された音が復活
隠されたときだけ聞こえる
ミシガン湖畔の出来事
視覚のアナロジー
ありそうな方に賭ける
感覚間の違い
解釈としての知覚
連続聴効果の生理学的メカニズム

2 声は壊れにくい
「あいうえお」≠「あ」「い」「う」「え」「お」
逆転してもひっくり返らない
帯域を制限しても聞き取れる
声にモザイクをかける

3 同じ音が違って聞こえる
反復が変化を生み出す
ディジタルとアナログ
予測の生成と検証
知覚の形成と選択に関わる脳内ネットワーク
「聞く」と「話す」の密接な関係

4 空間が伸び縮みする
音の位置がずれて聞こえる
聴覚定位残効の神経メカニズム
効率的符号化
研究の新しさとは?

5 時間が歪む
タイミングがわからない
後付け的な知覚
時間にまつわる難題に折り合いをつける脳

6 高い音が低く聞こえる
音の高さ≠周波数
欠落した基本周波数が聞こえる
ピッチ知覚の原理
ピッチの脳内メカニズム
ピッチと音脈分凝
音階の錯覚
ピッチ知覚の個人差

7 音を見る,光を聞く
軽んじられる聴覚
視覚が聴覚を変える
聴覚が視覚を変える
信頼できる情報の方を信じる
感覚の相補性
感覚間の一貫性がリアリティの本質
視聴覚統合の鍵を握る同時性
同時性にまつわる難問
同時性の再較正
新しい「身体」への適応

 エピローグ
 参考文献
 本書で取り上げた《イリュージョンフォーラム》の錯覚一覧
柏野牧夫(かしの まきお)
1964年岡山県生まれ.幼少期からの電気工作と歌謡曲好きが昂じて聴覚研究の世界へ.1989年,東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了.博士(心理学).1989年より日本電信電話株式会社(NTT)基礎研究所(現コミュニケーション科学基礎研究所)に勤務.ウィスコンシン大学客員研究員等を経て,現在,NTTコミュニケーション科学基礎研究所人間情報研究部長,東京工業大学大学院総合理工学研究科物理情報システム専攻連携教授.専門は心理物理学・認知神経科学.著書に『イラストレクチャー認知神経科学』(共著,オーム社)など.趣味はピッチング.

書評情報

日経サイエンス 2010年7月号

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