岩波 日本語 使い方考え方 辞典


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「大地震」は「だいじしん」と「おおじしん」とどちらで読むのか?
「湯桶読み」
 そば屋でそば湯を入れるのに使ったりする,注ぎ口と柄のある木製の器を「湯桶(ゆとう)」と言う.「湯桶」のように,漢字二字以上の熟語を,前半分は訓読み,後半分は音読みで読む読み方を「湯桶読み」と言う.前半分を音読み,後半分を訓読みで読む読み方を「重箱読み」と呼ぶのに対する呼び名として使われている.重箱読みと同様に,漢字熟語の読み方としては変則的な読み方とされる.
 たとえば,「生食(せいしょく)」を「なましょく」,「釣果(ちょうか)」を「つりか」,「盛土(もりつち)」を「もりど」と読むのは,「訓読み+音読み」の湯桶読みであり,間違いである.その熟語が漢語であれば「音読み+音読み」,和語であれば「訓読み+訓読み」という具合に読むのが漢字熟語の読み方の規則であり,音読み・訓読みを混ぜ合わせて読んではいけない.
 しかし,漢字で書く熟語の中には,音読み・訓読みを交ぜて読む熟語もある.「音読み+訓読み」の組み合わせは「重箱読み」なので,ここでは「訓読み+音読み」に限って見てみると,以下に例示するように,現代日本語には,「正しい湯桶読み」の語が多数存在する.
 合図(あいず),赤門(あかもん) ,雨具(あまぐ),今風(いまふう),甘党(あまとう),粗熱(あらねつ),生霊(いきりょう)……
 これらの語は,純然たる漢語ではなく,漢語と和語との混種語である.漢字の読み方から見ると,「盛土」を「もりど」と読むのと同じように「訓読み+音読み」になっていて,一見,変則的な読み方だが,これらの語の組み立てを考えると,前半分が和語でできた混種語であり,和語の部分を漢字で表記したにすぎない.和語を訓読みするのは当然である.
 つまり,「正しい湯桶読み」は,「和語+漢語」という組み合わせでできた混種語のごく自然な読み方であり,混種語という語の特性を考えれば,自然な結果ということができる.もっといえば,湯桶読みが問題になるケースというのは,漢語熟語,あるいは,和語熟語の場合に限られるということである.
 ところで,「世論」という熟語には「よろん」「せろん」の二通りの読み方があり,しばしば問題になる.しかも,「世論(よろん)」は漢語であるにもかかわらず湯桶読みである.
 「世論」は,元来は「せろん」と読まれていた.「よろん」という言葉は別にあって,「輿論」と書かれていた.ところが,1946(昭和21)年に「当用漢字表」が制定されたとき,「輿論」の「輿」(「多くの人」「たくさんの」の意を持つ)が当用漢字でないため,代わりに「世(よ)」の字を当てて「世論(よろん)」とした.その結果,「世論」に二つの読み方が生じてしまったというわけである.
 また,「手数」という語も「てすう」「てかず」の二通りの読み方がある.両方とも正しい.もともと和語の「てかず」があって,その漢字表記である「手数」から「てすう」が生じたのかもしれないが,いずれにせよ,もともと漢語熟語だったものを湯桶読みしたわけではないので,「てすう」も問題ない.
 一方,「大地震」の読み方は,「おおじしん」でよいのだろうか.「大」が付く熟語の読み方は,「大恩人」「大事故」「大規模」のように,「大+漢語」の場合は「だい」で,「大暴れ」「大金持ち」「大食い」のように「大+和語」の場合は「おお」という原則がある.この原則からいくと,「大地震」は「だいじしん」と読むのが正しいことになる.現に「だいじしん」もまったく問題ない.しかし,「地震」にはもはや漢語という意識は薄く,そのため,「おおじしん」にも違和感はない.ちなみに,NHKの放送用語では「おおじしん」の方を標準としている.
 「大火事」「大所帯」「大騒動」なども,「大」が付く語に漢語の意識が薄いために「おお」と読む例である.
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