内部被曝


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編集部だより
著者からのメッセージ

 〔守田〕 矢ヶ崎さんは,放射線による内部被曝を「隠された被曝」と呼び,その実態の解明に長年,尽力してこられました.東日本大震災後は,福島第一原発事故で飛び出した膨大な放射能からの徹底した防護を掲げ,福島の現地にもたびたび赴いて,多くの方に内部被曝の危険性を説かれています.三月一一日以降,二〇一一年の年末までにおこなった講演の数は一四五回.各地でたくさんの方と交流し,被曝を避けることや,避難を進めるうえでの相談にも乗ってこられました.
 その矢ヶさんに今回,内部被曝問題を中心に,何をどう考えたらいいのかお聞きしようと思います.まずは,初めて福島に行かれたのはいつか.また,どのような思いで行かれたのかから,お聞かせください.
 〔矢ヶ 原発事故後に福島に初めて出向いたのは三月二四日のことでした.沖縄在住ですが,もともとは福島出身の,私の親しい友人の後藤勝彦さんがちょうど帰省中に震災に遭いました.地震直後は安否の確認もとれない.四日目の一五日になってやっと連絡がとれ,無事を確かめ,震災のようすが聞けました.後藤さんは早くから,原発の危険性を訴え,福島原発建設反対の運動に直接かかわってこられた方で,事故後は,放射能環境下に暮らす人々の悲痛な思いを詠んだ句集も出しています.
 後藤さんは,「県民は放射性のほこりが身の回りにあるかさえもわからない.事故を見極め,放射線の害から人々を守るために来てほしい」と言う.私は放射線測定器を琉球大学から借用し,とるものもとりあえず出かけようと思ったのですが,続いてすぐに,「福島は地震や津波の被害もすごく,ライフラインが断たれている.ガソリンも確保できない.宿も確保できない.段取りするので,手配が整ってから来てほしい」ということでした.私はひたすら,連絡を待つことにしました.
 その間にも,原発で水素爆発が起こったり,「ベント」という原子炉の崩壊を避けるための放射性物質の意図的な放出がおこなわれたり,どうみてもたいへんな量の放射性物質が出てきている状況で,気が気ではありませんでした.それで一週間ぐらい経って連絡がくると,すぐに現地へ飛び,三月三〇日まで滞在しました.
「第1章 被曝直後の福島を訪れて」より


著者プロフィール

(やがさき・かつま)
1943年生まれ.沖縄県在住.広島大学大学院理学研究科博士課程単位取得満期退学.理学博士.専攻は物理.琉球大学理学部教授,理学部長などを経て,2009年3月,定年退職.琉球大学名誉教授.2003年より,原爆症認定集団訴訟で「内部被曝」について証言をする.東日本大震災以後は,福島ほか,全国各地で講演をしている.
著書に『隠された被曝』(新日本出版社),『力学入門(6版)』(裳華房)などがある.

守田敏也(もりた・としや)
1959年生まれ.京都市在住.同志社大学社会的共通資本研究センター客員フェローなどを経て,現在フリーライターとして取材活動を続け,社会的共通資本に関する研究を進めている.ナラ枯れ問題に深く関わり,京都の大文字山などで害虫防除も実施.東日本大震災以後は,広くネットで情報を発信し,関西をはじめ被災地でも講演を続けている.また,京都OHANAプロジェクトのメンバーとして,被災地に中古の自転車を整備して届ける活動をおこなっている.


目次

第1章 被曝直後の福島を訪れて

第2章 内部被曝のメカニズムと恐ろしさ

第3章 誰が放射線のリスクを決めてきたのか

第4章 なぜ内部被曝は小さく見積もられてきたのか

第5章 放射線被曝に,どのように立ち向かうのか




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