避難する権利,それぞれの選択

被曝の時代を生きる

自主的に避難するかどうか….福島や避難先の声とともに当事者が直面していることを描き,関連の制度などを解説.

避難する権利,それぞれの選択
著者 河﨑 健一郎 , 菅波 香織 , 竹田 昌弘 , 福田 健治
通し番号 839
ジャンル 書籍 > 岩波ブックレット
日本十進分類 > 社会科学
刊行日 2012/06/06
ISBN 9784002708393
Cコード 0336
体裁 A5 ・ 並製 ・ 64頁
在庫 品切れ
福島第一原発の事故以降,住み慣れた土地から自らの判断で子どもなどを連れて避難する人がいる.同時に,その地に留まり続けている人がいる.福島からの声,避難先からの報告とともに,当事者が直面していること,悩んでいることを描く.さらには関連の制度などを,相談にあたっている弁護士がわかりやすく解説する.

■著者からのメッセージ

 未曽有の原発事故による被災によって,日本の戦後史でも特筆すべきほど多数の,そして長期にわたる“国内避難民”が発生しました.
 原発事故による放射能汚染は,風に乗って運ばれた放射性物質の拡散により,まだら状に発生しました.しかし避難の過程では,政府によって一律の線引きがなされ,引かれた線の内側にいる住民はもとより,引かれた線の外側にいる住民も,苦しい判断を強いられることになりました.
 このブックレットでは,引かれた線の外側にいる人々の動き,いわゆる「自主避難」の問題を主に扱います.自主避難をした人,しなかった人,それぞれの苦悩.そこに横たわるのは,放射線被曝の不安です.彼ら/彼女らが住んでいる地域の外部放射線量はさまざまですが,いずれも「ただちに健康に影響はない」とされていた地域です.
 「ただちに健康に影響はない」.そうかもしれません.しかし低線量とはいえ,被曝自体は事実です.原発事故がなければ,しないで済んだ放射線被曝.そうした現実のなかで,とくに子を持つ親の不安は募ります.
 放射性物質も放射線も,目に見えない.においがしない.さわれない.そのうえ,低線量の放射線被曝によってもたらされる健康への害悪については医学的,科学的な見解が真っ向から対立しており,専門家でない一般市民には判断がむずかしいのが実情です.(中略)
 私たちは一定の線量以上の放射線被曝が予想される地域の住民には,「避難する権利」が認められるべきであると考えています.これはそうした地域の住民が行動を選択するために必要な情報を受ける権利が認められること,そして避難を選択した場合には必要な経済的,社会的支援を受ける権利が認められることを意味します.
 「避難する権利」が認められることによって,困難に直面した住民は,自分たちで考え,自分たちで選択をし,その選択を一方的に否定されることによる二重の苦しみを避けることができるようになります.
 「避難する権利」の他方には,「とどまる論理」があるかもしれません.避難にともなうリスクのほうが放射線被曝のリスクより高いと考える人は多くいますし,その人の年齢,性別,家族構成,社会関係,健康リスクに対する考え方などによって,考慮すべき要素は異なります.どちらが正しく,どちらが誤りだと軽々に決めつけることはできないのです.また,「避難する権利」が十分に保障されていない現状においては,避難したくてもできないとの声も多く聞きます.それもまた偽らざる現実の姿でしょう.
 いずれにせよ,原発事故がなければ,しないですんだ苦悩です.自主避難した人々も苦しい,とどまった人々も悩ましい.
 原発事故の発生から一年が経過したいま,政府指示の避難区域の一部解除にともない,帰還するか否かを迫られる人々も,同じ問題に直面しはじめています.
 このブックレットは,「低線量の放射線被曝と,どう向き合うか」という,現時点で明瞭な答えのない問いに,否応なしに向き合うことを余儀なくされた方々に現状の見取り図を示す意図で書かれました.そうした方々の一助となれば幸いです.
(「はじめに 答えのない問いと向き合う」より)
河﨑健一郎(かわさき・けんいちろう)
弁護士.1999年早稲田大学法学部卒業.外資系コンサルティング会社を経て,2007年早稲田大学大学院法務研究科修了(法務博士<専門職>).2008年弁護士登録.東京駿河台法律事務所所属.福島の子どもたちを守る法律家ネットワーク(SAFLAN)共同代表.共編著に『国家と情報-警視庁公安部「イスラム捜査」流出資料を読む』(現代書館)などがある.

菅波香織(すがなみ・かおり)
弁護士.1998年東京大学工学部化学システム工学科卒業.卒業後,化学メーカーに研究員として勤務.2007年に弁護士登録.弁護士法人いわき法律事務所(いわき市)所属.5人の子どもを育てながら,各種メディアで,被災地に暮らす当事者として発言している.福島の子どもたちを守る法律家ネットワーク(SAFLAN)運営委員.

竹田昌弘(たけだ・まさひろ)
共同通信放送報道局企画委員兼編集局編集委員.1985年早稲田大学法学部卒業.毎日新聞記者などを経て,共同通信記者となり,宇都宮支局や社会部,大阪支社社会部に勤務.2005年社会部次長,09年社会部編集委員,11年より現職.著書として,『知る,考える 裁判員制度』,『裁判員時代に死刑を考える』(郷田マモラ氏と共著,以上,岩波ブックレット)などがある.

福田健治(ふくだ・けんじ)
弁護士,ニューヨーク州弁護士.2000年京都大学法学部卒業.環境NGO勤務を経て,2006年ペンシルバニア大学ロースクールLL.Mプログラム修了(法学修士).2007年早稲田大学大学院法務研究科修了(法務博士<専門職>).同年,特定非営利活動法人メコン・ウォッチ事務局長.2009年弁護士登録.東京駿河台法律事務所所属.福島の子どもたちを守る法律家ネットワーク(SAFLAN)運営委員.

書評情報

東京新聞(朝刊) 2012年8月20日
東京新聞(朝刊) 2012年6月20日
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