原子力と理科教育


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編集部だより
著者からのメッセージ

 2011年3月11日の東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所の事故は、日本の社会に大きな影響を残しています。とくに後者は、私たちの社会と科学・技術の関わり方についての大きな反省の機運を生んでいます。私たちにとって原子力発電とは何か、たんなる技術進歩の一つと言えるのか、それに支えられる生活とは何か、ということを問い直すべきであると感じている人が少なくないことは、事故後の多くの人々の発言や脱原発デモのような行動、さらに2012年夏の一連の「討論型世論調査」で国民が示した強い脱原発の意思表示などからうかがうことができます。(中略)
 そして、私たちはいつの間になぜこのような生活のしくみに同意したのかということについてもまた、多くの人が反省の眼を向けています。それはさらに、原子力発電所の安全性について、これまで政治家・行政・電力会社・原子力産業、そして原子力関係の専門家が言ってきたことは妥当だったのかという問いと、それが妥当でなかったとしたら、それを許してきた私たちの社会のあり方はどうだったのかという問いの、二つの問いからなると言えるでしょう。
 このうち、前者の問いについては、後述する1990年代のイギリスの例になぞらえて言えば、行政とそれに協力してきた専門家に対するかつてない「信頼の危機」が紛れもなく生じました。
 そして、それは、教育の分野にも関係がありました。実際、この事故で浮かび上がった学校教育に関わる大きな問題が一つあります。それは、この震災と原発事故の直前に配布が始まっていた文部科学省発行の「原子力副読本」に代表される、原子力・放射線教育の問題です。そこで問われたのは、原子力発電は安全であり、わが国の原子力産業の育成は当然であるという特定の観点が、いつのまにか公教育に、徐々に持ち込まれていたのではないかという問題です。本書はこの問題について、初心にもどって考えようとするものです。
 一方、私たちの原発事故に数年先立つ2006年9月から、イギリスの多くの中等学校では、義務教育の最後の2年間(日本の中3・高1の年齢)向けの『21世紀科学―GCSE科学』という、世界的に注目を浴びた「科学」の授業が始まっていました。(中略)
 本書では、日本の原子力・放射線教育と、イギリスのこの新しい科学の授業を対比し、日本とイギリスでは何が違うのか、イギリスの科学教育は何をしようとしているのかを考えようと思います。今後の日本の理科教育のあり方、とりわけ科学・技術と社会が関わる諸問題の取り上げ方を考える上で、それが有益であると思うからです。
(本書「はじめに」より)


著者プロフィール

笠 潤平(りゅう・じゅんぺい)
1959年生まれ.香川大学教育学部教授.京都大学理学部卒,京都教育大学大学院学校教育研究科修了.89年にロンドン大学留学.京都女子中学校・高等学校理科教諭,慶應義塾高等学校理科教諭,再度京都女子中学校・高等学校理科教諭を経て,2007年より現職.専門は科学教育(とくに物理教育),科学カリキュラム.
著書に,『トス先生の物理教室――原子核物理』(共訳,丸善,98年),『物理ポケットブック』(共訳,朝倉書店,2006年)など.論文に「科学的リテラシーを目指す英国の義務教育の改革」『物理教育』vol.54-1(日本物理教育学会,2006年),「研究にもとづく物理教育の改善と評価」『大学の物理教育』vol.16-1(日本物理学会,2010年),「日本の理科教育における原子力問題の今後の取り扱いについて――副読本・検定・市民のための科学的リテラシーなど」『科学』vol.82-10(岩波書店,2012年)など.


目次

はじめに

第1章 日本では原子力・放射線問題をどう教えてきたか

第2章 市民の科学的リテラシーのための科学教育

第3章 『二一世紀科学』コースが登場するまで

第4章 科学コミュニケーションと理科教育の今後

参考文献




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