狂牛病




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編集部だより
 狂牛病(BSE)は牛の病気だが、人間への感染がほぼ確実と考えられ、変異型クロイツフェルト・ヤコブ病(vCJD)とよばれる。しかも現在までに、この病気にかかったほとんどの人が死亡しているという冷酷な事実が人々を恐怖に突き落としている。対策が万全と思われた日本でも最近狂牛病の牛が発見され、事態はもはや対岸の火事ではなくなったきた。潜伏期間が長く、不明な点も多いのも不安をつのらせる。

 長年にわたり、農業・食糧問題について、ジャーナリストの立場から発言を続けてこられた中村靖彦氏が、ヨーロッパでの現地取材や専門家へのインタビューを踏まえ、狂牛病、そして変異型クロイツフェルト・ヤコブ病とは何か? 狂牛病はなぜおこったのか? 日本の対策の実情はどうなっているのか? など、狂牛病をめぐる現状をわかりやすくレポートし、その社会経済的な影響、現代文明における意味を考察したものです。

狂牛病にかかった牛(英国中央獣医学研究所ジェラルド・ウェルズ博士提供)
狂牛病にかかった牛の延髄 多数の空胞がほぼ神経細胞の周囲や神経網に見られる(久保正法氏提供)

スクレイピー羊 狂牛病にかかった牛と同様に脳にスポンジ状の孔がいくつも見られる。この病気にかかった羊が壁や立ち木に身体をこすりつける(スクレイプする)ところからこのような病名がつけられた(小野寺節氏提供)

狂牛病が最初に発生したイギリスのピッツハム農場入口
娘を変異型クロイツフェルト・ヤコブ病で失ったロジャー・トムキンスさん。亡くなった娘のクレアさんは、亡くなるまでの10年間ヴェジタリアンだったという

著者紹介
なかむら・やすひこ 1935年、仙台市に生まれる。東北大学文学部卒業。NHKに入り、仙台支局をふりだしに、本部教育局農事部、広島放送局放送部長等を経て解説委員になり2001年3月退職。現在、明治大学客員教授、女子栄養大学客員教授。「良い食材を伝える会」を推進している。著書に『コメ開放』(日本放送出版協会)、『ニッポン食卓新事情』(群羊社)、『日記が語る日本の農村』(中公新書)、『コンビニ ファミレス 回転寿司』(文春新書)、『遺伝子組み換え食品を検証する』(日本放送出版協会)などがある。

著者からのメッセージ
 去年の秋以降、狂牛病はもともと発祥の地であるイギリスからヨーロッパ大陸へと広がっていった。この動きをみて、この感染は当分沈静化しないであろう、と私は予感して、この際狂牛病を検証してみようと考えた。今年の春には、イギリスとフランスを取材し、国内でも専門家の方のお話をうかがった。

 狂牛病は不思議な、そして不気味な病気である。もともとは牛の伝染病だが、1996年に人間への感染がほぼ確実と見られるに至って、世界中の関心を集めることになった。
 病原体はウイルスではなく、プリオンと呼ばれる蛋白質であることは、科学者たちのほぼ定説となっている。異常プリオンが、生体に入ると正常な蛋白質を変質させて、やがて脳を侵して死に至らしめる。そのメカニズムはよく分かっていない。そして治療法はない。

 私は2001年3月まで、NHK解説委員をしていたジャーナリストである。理科系ではなく文科系の人間である。一人のジャーナリストとして狂牛病を取材していくうちに、私はこの病気が、もともとは人間の勝手によって引き起こされたと考えるようになった。本来、草食動物である牛に、動物性飼料である肉骨粉を餌として与えたのは、屑肉や骨という人間の食用にならない廃棄物のリサイクルを優先させたからであった。肉骨粉の中に異常プリオンが入っていたのである。しかも、ある時期から肉骨粉製造の方法が変わり、異常プリオンが活性化したままの状態で、牛の口に入るようになってしまった。この製造方法の変更も人間の勝手であった。

 牛からの感染で、人間の変異型クロイツフェルト・ヤコブ病が発生し、これまでイギリスを中心におよそ100人が死亡している。牛の飼育方法でおこなった人間の勝手は、ついに人類へも恐ろしい波及を見せることになったのである。

 私には、この病気は「あまり勝手なことをしていると、思いがけない結果を生むこともあるんですよ」という警鐘のように思われる。

 この本の校正をしている時に、日本でも狂牛病の第一号が発生した。日本では万全の水際防止作戦がとられている、とみなが思っていたのに、この狂牛病上陸は衝撃であった。もはや狂牛病は対岸の火事ではなくなった。

 検証の意義はますます高まった、といま私は考えている。狂牛病は、現代の社会に何を問いかけているのか、国内外の取材を踏まえて、日本での新しい発生についても可能な限り盛り込んで記したのがこの書である。

目次
はしがき
第一章 恐怖の始まり
ピッツハム農場の怪/行政も悩んだ/現在のピッツハム農場/そもそもの起源は?/人間への感染/つきつけられた証拠
第二章 狂牛病とは?
  病原体の謎/メカニズムは不明/肉骨粉のなかのプリオン/共食いの果てに/クールー病の恐ろしさ/フォア族の食人習慣/ミンクと鹿のプリオン病
第三章 大混乱のイギリス
  まず牛から始まった/発生初期の頃の対策/大恐慌・人間への感染/時間差はなぜ起きた/批判を浴びる保守党/ヨーロッパのとまどい
第四章 不安はヨーロッパ大陸へ
  イギリスは信用できない/ギレム夫人の話/不透明な肉骨粉の流通/使用禁止、製造許可、そして……/フランスでも殺処分/牛肉の消費は減った/価格下落に泣く生産者/情報の混乱が招いた不幸
第五章 クレアさんの死
  96人のうちの一人/発病の頃/その頃他の地域では/クレアさんの病名が判明/最期の日々/病気の原因は何か?/クレアさんの死を無駄にしない/トムキンスさんの思い
第六章 クウエニブル村の悲劇
  小さな村の犠牲者たち/発病の可能性を探る/浮かび上がった肉屋/感染の危険との接近/大きな反響/なお残る疑問/広がる報告書の波紋
第七章 大丈夫か? 現代の食
  凄惨な食材売り場/グルメと危険は隣り合わせ/値下がり続く日本の食品/冷凍輸入弁当の試み/食材の素性がわからない/野菜についても同じ/システム化する食品産業/どこまで進むシステム化/どこへ行く食生活
第八章 揺れるヨーロッパ農業
  苦境のイギリス農業/ブレア政権の対応/省の名前から農業が消えた/ヨーロッパの混乱/問われるヨーロッパ農業/狂牛病と動物福祉/遺伝子組み換え食品と狂牛病
第九章 狂牛病・日本上陸の衝撃
  発病原因は謎/不気味な情勢/甘かった日本の侵入防止対策/肉骨粉をめぐる動き/日本での安全性の度合い/食肉処理場での対策/美白化粧品も危ない/ケーススタディ ― 薬害ヤコブ/原因は乾燥硬膜/ライオデュラの危険性/薬害ヤコブ事件は訴訟へ/マニュアルがなかった
第十章 人類への警鐘
  奥行きの深い謎/問われる家畜飼育の原点/狂牛病2001年夏
 あとがき
 参考文献

岩波新書にはこんな本もあります
現代の感染症 相川正道・永倉貢一著 513
脳と神経内科 小長谷正明著 475
ドキュメント 屠場 鎌田慧著 565
エイズと生きる時代 池田恵理子著 272
現代たべもの事情 山本博史著 374
(2001年11月)



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