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シャルル・ボードレール(1863年頃,エティエンヌ・カルジャ撮影)
第2巻は三つの断章項目だけです.「J:ボードレール」という項目は『パサージュ論』全体のなかでも最大の分量があり,それだけベンヤミンがボードレールをめぐる問題を重要視していたとも言えます.あと二つの項目「H:蒐集家」「I:室内,痕跡」もとても興味深いものです.
物を蒐集することは,物の有用性つまり使用価値とは関係のない行為です.フランスでは19世紀になると,ブルジョワジーの生活の場は働く場所とは別になり,室内がいわゆる癒しの空間となります.「この室内の真の居住者は蒐集家である.……彼には,物を所有することによって物から商品としての性格を拭い取るというシジフォスの永久に続く仕事が課せられている.……物が有用であるという苦役から解放されている」(『パサージュ論』第1巻20ページ)という事態になったのです.
一方,大量生産品の出現によって人々は常に新しいものを求めるようになり,流行(モード)が生まれます.社会は移ろいやすくなっていきます.流行もまた使用価値とは関係のないものです.
こうした19世紀に起こった変容はまさに「今」を用意するもので,ベンヤミンは,ボードレールがもっとも19世紀を体現していたと考えていたようです.「私の意図は,ボードレールがどれほど一九世紀に組み込まれているかを示すことである.」[J51a,5].
ボードレールは古典主義に対抗して現代的な文学を目指すロマン派の末裔にあり,現代性(モデルニテ)の美学を提唱していました.ベンヤミンは現代性についてボードレールの文章を引用しています.「現代性とは,一時的なもの,移ろいやすいもの,偶発的なもので,これが芸術の半分であり,他の半分が永遠なもの,不易なものである.」[J6a,3].現代性についてボードレールは積極的な意味づけをしています.しかしまた,現代性をめぐるボードレールの議論は資本主義の商品の特徴をみごとにとらえるものでもありました.ボードレール自身も詩人として,現代性そのものを生きたのです.「ボードレールは市場に適応した独創性という考えを抱いたおそらく初めての人物であった.だからこそ当時この独創性は,他のどんな独創性よりも独創的であった.」[J58,4]
ベンヤミンにとってボードレールの問題は汲みつくせぬものがあったようです.この最大の断章項目を読み返すごとに新しい問題が発見されます.もう一つだけ断章を引用します.
「商標は,それがどれほど長持ちするにしても,その商標の示している会社がひとたび倒産すれば,古びた印象を与えるものである.だが,ボードレールが自らの作品について抱いた明らかな意図は,それに商標を与えることだった.〈紋切り型を作り出すこと〉,それが彼の目論見だった.そしておそらくボードレールにとって彼の作品の最高の栄誉は,商品経済のもっとも世俗的な事実の一つであるこの事実を自らの作品でもって模倣し,模造したことにある.おそらくこれがボードレールの最大の功績である.しかも,かくも永続性を保ちながら,かくも迅速に古びたものとなること――それは明らかに彼の意図の功績なのである.」[J82,6/J82a,1].
「永続性を保ちながら,迅速に古びたものとなること」――これこそブランドの極意ですね. |
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| 覚え書および資料 |
| H |
:蒐集家 |
| I |
:室内,痕跡 |
| J |
:ボードレール |
| 本書は,1993年9月から1995年8月に岩波書店より刊行された『パサージュ論』I〜Vを新編集したものである. |
| ヴァルター・ベンヤミン(Walter Benjamin) |
| 1892年ベルリンの富裕なユダヤ人美術商の家に生まれる.フラブルク大学,ベルリン大学に学ぶ.1933年ナチス政権成立とともにパリへ亡命.フランクフルト社会研究所の共同研究員となる.1940年ドイツ軍のパリ侵攻のため,パリ脱出.渡米を図るも出国ビザが取れず,やむなくピレネー山脈越えを決行するが,スペインのポル・ボウで警察の強制送還の脅しにあい服毒.翌日,息を引き取る.著作に,『ドイツ悲劇の根源』『一方通交路』「ベルリンの幼年時代」「複製技術時代の芸術作品」「歴史哲学テーゼ」など多数. |
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