カジノ資本主義

国際金融システムは巨大なカジノに変貌している.20年以上前に警告を発し,その構造を解明した名著.

カジノ資本主義
著者 スーザン・ストレンジ , 小林 襄治
通し番号 学術172
ジャンル 書籍 > 岩波現代文庫 > 学術
日本十進分類 > 社会科学
刊行日 2007/03/16
ISBN 9784006001728
Cコード 0133
体裁 A6 ・ 並製 ・ カバー ・ 366頁
定価 1,320円
在庫 在庫あり
大銀行,大ブローカーが元締めをつとめ,巨大なカジノと化した国際的マネーゲームが,今日の世界経済を牽引している.なぜ資本主義の性格は変わったか.代案として何が求められているか.本書はグローバル資本主義の背骨である国際金融システムの暗部を初めて解明,90年代国際通貨危機を予言した出色の一冊.

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カジノといえば米国ラスベガスやお隣の韓国での隆盛ぶりはつとに知られていますし,主要国で公認された娯楽であることは確かです.ひと頃,石原都知事もお台場カジノ構想を提起し,頓挫したという経緯がありました.ただ,一攫千金を求めて千客万来し欣喜雀躍,一喜一憂の果てに茫然自失するという結末があらかじめ可視化されているような気がして,私自身は未だ経験したいと思ったことはありません.

 それはさておき,このカジノのようなマネーゲームが国際経済を牽引しているという事実についてどれだけ私たちは社会科学的な冷厳な認識を持ってきたでしょうか.

 本書『カジノ資本主義』は次のような書き出しで始まっています.
「西側世界の金融システムは急速に巨大なカジノ以外の何物でもなくなりつつある.毎日ゲームが繰り広げられ,想像もできないほどの多額のお金がつぎ込まれている.夜になると,ゲームは地球の反対側に移動する.世界のすべての大都市にタワーのようにそびえ立つオフィス・ビル街の部屋部屋は,たて続けにたばこに火をつけながらゲームにふけっている若者でいっぱいである.彼らの目は,値段が変わるたびに点滅するコンピュータ・スクリーンにじっと注がれている.彼らは国際電話や電子機器を叩きながらゲームを行っている.彼らは,ルーレットの円盤の上から銀の玉がかちっと音をたてて回転するのをながめながら,赤か黒へ,奇数か偶数へと自分のチップを置いて遊んでいるカジノのギャンブラーに非常に似ている.

 カジノと同じように,今日の金融界の中枢ではゲームの選択ができる.ルーレット,ブラックジャックやポーカーの代わりに,ディーリング〔売買〕――外国為替やその変種,政府証券,債券,株式の売買――が行われている.これらの市場では先物を売買したり,オプションあるいは他のあらゆる種類の難解な金融新商品を売ったり買ったりすることで将来に賭をできる.遊び人の中では,特に銀行が非常に多額の賭をしている.きわめて小口の相場師も数多くいる.アドバイスを売っている予想屋も,騙されやすい一般投資家をねらうセールスマンもいる.この世界的な金融カジノの元締めが大銀行と大ブローカーである.」
 先ほど「社会科学的な認識」という表現を用いましたが,本書の冒頭は決して高邁な理念や理論ではありません.物語の一場面のように,あたかも紫煙が立ちこめた部屋が再現されているかのような筆致になっていることにぜひ注目していただきたいと思います.

 本書の著者スーザン・ストレンジはロンドン大学経済学部を卒業後,エコノミスト,オブザーバーで記者を体験した後,政治学,経済学,経済史の各分野にまたがる学問研究と政策立案の壁を越えて,国際政治経済学と言う分野を開拓したあまりにも著名な研究者です.小社からは1988年に刊行された本書に引き続いて『マッド・マネー』『国家の退場』という力作が刊行されています.

 ジャーナリスト時代に培われた豊かな現場感覚と国際経済に関する豊富な知見,そして学究生活の中で体得した諸分野に関わる学識によって本書はまさしく「カジノ資本主義」という言葉を定着させ,今から20年以上前に刊行されながらもその後の世界通貨危機を予言するなど現実を解読する上での予見力も有しているのです.

 冒頭の記述にあるように,今日,世界経済を動かす金融界の中枢ではディーリングによって,外国為替,政府証券,債券,株式の売買が行なわれ,これらの市場では先物を売買したり,オプションあるいは他のあらゆる種類の難解な金融新商品が売買されています.金融中枢の世界的カジノによって,通貨価値の変動,金利の上昇,テークオーバー(企業買収)が進められていることも周知であろうと思われます.本書はグローバル資本主義の実態を報告し,その暗部を解明した先駆的な著作であるといえます.

 本書の意義をさらに簡潔に補足するならば,20年以上前の時点でこの現象の生成を国際政治経済学的立場から明らかにし,何よりも経済学説との関連でこの現実をどう読み解くかを説得的に明らかにしたことだといえます.同時に,それをどう解決すべきかについても踏み込んだ提言を行ない,基軸国アメリカの責任を特記していることも注目されます.

 惜しいことに著者は1998年に逝去されましたが,本書は現代経済学,現実の世界経済と向き合う読者にとって古典的な位置を占めており,現在においても些かもその意義を減じていないことを確信するものです.経済学を学ぶ研究者,大学院生,大学生はもとより多くの企業人の方々から,今日の資本主義の複雑怪奇な情況を的確に認識するために必須の本だという評価をいただいています.この機会にぜひご一読をおすすめいたします.
スーザン・ストレンジ
1923~98年.LSE(ロンドン大学経済学部)卒業.エコノミスト誌,オブザーバー紙記者,LSE教授,欧州大学院大学(EUI)教授などを経て,ウォーリック大学教授.専攻=国際政治経済学.主な邦訳書に『国家の退場』『マッド・マネー』(岩波書店)『国際通貨没落過程の政治経済学』(三嶺書房)『国際政治経済学入門』(東洋経済新報社).

書評情報

週刊エコノミスト 2012年9月11日号
毎日新聞(朝刊) 2012年4月16日
東京新聞(朝刊) 2007年4月22日
読売新聞(朝刊) 2007年4月15日
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