猫の大虐殺

史料の奥底に隠された当時の人々の心性に名探偵のような鮮やかな推理で迫る,社会史研究の先駆的傑作.

猫の大虐殺
著者 ロバート・ダーントン , 海保 眞夫 , 鷲見 洋一
通し番号 学術185
ジャンル 書籍 > 岩波現代文庫 > 学術
日本十進分類 > 歴史/地理
刊行日 2007/10/16
ISBN 9784006001858
Cコード 0122
体裁 A6 ・ 並製 ・ カバー ・ 374頁
在庫 品切れ
18世紀初頭のある日,パリの労働者街の猫がのこらず殺された,ということを記す印刷職人の手記は,何を物語っているのか.史料の奥底に隠された当時の人びとの心性に,わずかな手がかりをもとに犯人をつきとめる名探偵のような鮮やかな推理で迫る.社会史研究の先駆的達成と評価される原書から,中核的論文4本を抜粋.

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18世紀初頭のある日,パリの労働者街の猫がのこらず殺された,と記す印刷職人の手記は,何を物語っているのでしょうか? 本書は,アメリカの歴史家ロバート・ダーントンが古文書に記されたこうした奇妙な事件や事柄を手がかりに,過去の人々の心性にわけいっていく,心性史の先駆的論文集です.その手法はまるでわずかな手がかりをもとに犯人をつきとめていく名探偵のようで,史料の奥底に隠された過去の人々の心理を暴き出す歴史学の新しい分野の醍醐味を,専門家以外の人にも十分に体感させてくれます.
 原書(1984年刊)に収められた6本の論文から,標題のもととなっている論文「労働者の叛乱――サン・セヴラン街の猫の大虐殺」,民話から18世紀フランスの農民の心性を読み解く「農民は民話をとおして告げ口する」,パリの一警部の保管していた調査記録から当時の作家のおかれていた立場を推察する「作家の身上書類を整理する一警部」,スイスの大手出版社に残された個人記録から啓蒙思想家が読者に及ぼした影響を考察する「読者がルソーに応える」など,読みやすくて興味深い4本の論文を選んで収録しました.全訳は1986年に岩波書店から刊行され,その後1990年に同時代ライブラリーとして刊行されました(いずれも現在は品切れ重版未定).

■現代文庫版「訳者あとがき」

「同時代ライブラリー」版と本版との間には,悲しい出来事があった.共訳者の海保眞夫氏が亡くなったことである.海保さんと私とは,同じ大学の同僚であったばかりか,日本18世紀学会の創立時から常任幹事仲間として苦楽を共にしてきた盟友であり,そのあまりにも早すぎる死には大きな衝撃を受けた.今回の改版に際しては,拙訳部分に加えて,海保氏の訳稿についても,英語版(あるいは仏訳版)との徹底的な突き合わせを行い,必要と判断した箇所については訂正や補填を施したが,海保氏の翻訳者としての卓抜な力量とセンスに驚嘆し,改めて喪ったものの大きさを痛感したのであった.
 逆に,嬉しい出来事といえば,原著者ダーントン氏が新しい序文を寄せてくれたことである.先月はじめ,すなわち2007年7月,折から南仏モンペリエ市で開催された四年に一回の国際啓蒙学会に出席した私は,少なくとも三つの嬉しい偶然に見舞われることになった.まず,モンペリエが私にとっては第二の故郷に等しい昔の留学地であること.第二に,ロバート・ダーントンがいたこと.第三に,隣町のアヴィニョンにスタジオを置いていた,フランス・キュルチュールという国営FM放送局の番組にダーントンと出演して,お互いにフランス語で喋る羽目になったことである.私が躊躇せず,この私より二歳年上の碩学に,今回の新版への序文をおねだりしたのはいうまでもない.
 映画俳優にでもなれそうな容姿に恵まれ,アメリカ訛りの魅力的なフランス語を話すこのきさくな大学者は,秋からプリンストン大学を離れてハーヴァードに移り,同大学にあるすべての図書館を切り盛りする館長職に就く予定だそうだが,多忙の身を承知で快諾してくれた.8月に入って送られてきた英語の序文は,お読み下されば分かるように大変な力作で,本書の思想と内容の要諦を語り尽くしており,私から訳者として付け加えることは何もない.
 初版以来すでに23年が経過したこの古典的名著が,改めてその歴史的,理論的背景を踏まえ,壮麗にして堅牢な形姿を,久しぶりに私たち日本人読者の前に浮かび上がらせることになったことは喜ばしい.


2007年8月
鷲見洋一
ロバート・ダーントン(Robert Darnton)
1939年,ニューヨーク生まれ.ハーヴァード大学卒業後,オックスフォード大学でPh.D(歴史学)取得.プリンストン大学歴史学教授を経て,現在,ハーヴァード大学図書館館長.著書に『革命前夜の地下出版』(関根素子・二宮宏之訳,岩波書店)『パリのメスマー』『百科全書の出版の歴史』『禁じられたベストセラー――革命前のフランス人は何を読んでいたか』(第20回全米批評家協会賞批評部門受賞)など.
海保眞夫(かいほ・まさお)
1938年生まれ.慶應義塾大学大学院文学研究科修士課程修了.専攻は英文学.慶應義塾大学文学部教授.2003年没.著訳書に,『近代英文学の一面』ウォルシュ『名探偵ポオ氏』スティーブンスン『ジキール博士とハイド氏』など.
鷲見洋一(すみ・よういち)
1941年生まれ.慶應義塾大学文学部仏文科卒業.慶應義塾大学大学院博士課程修了.モンペリエ大学大学院博士課程修了.現在,中部大学人文学部教授,慶應義塾大学名誉教授.文学博士.著訳書に,『翻訳仏文法上・下』サガン『ボルジア家の黄金の血』ジャルダン『妻への恋文』など.

書評情報

北海道新聞(朝刊) 2010年7月18日
神奈川大学評論 第58号(2007年11月)
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