国民の天皇

戦後日本の民主主義と天皇制

皇室の行動様式は,戦後いかに変化したか.象徴としての天皇制のしなやかな変容を歴史的に検証する.

国民の天皇
著者 ケネス・ルオフ , 木村 剛久 , 福島 睦男 , 高橋 紘 監修
通し番号 学術214
ジャンル 書籍 > 岩波現代文庫 > 学術
日本十進分類 > 歴史/地理
刊行日 2009/04/16
ISBN 9784006002145
Cコード 0121
体裁 A6 ・ 並製 ・ カバー ・ 538頁
定価 1,650円
在庫 在庫あり
万世一系の天皇から象徴天皇へ,戦前から戦後へと天皇像は著しく変化し,戦後60余年,皇室と国民の距離は甚だしく変容した.とりわけ現天皇即位後の20年,象徴としての天皇制のしなやかな適合力が国民の支持を獲得してきた現実をどう見るか.国民の皇室に対するまなざしはどこへ.戦後天皇制を総合的に考察した労作.


■内容紹介
 本書は米国の天皇制研究者として著名な著者が2001年に上梓し,邦訳は2003年に共同通信社から刊行され,大佛次郎論壇賞にも選ばれた本です.
 2009年4月10日は,現天皇の結婚から半世紀という節目にあたります.半世紀前のミッチーブームを記憶されている方もそうでない方も,近年において改めて皇室への関心を高めている方々が多いのではないでしょうか.そのような時に,戦後史における天皇制と皇室を広い視野で描き出した本書をぜひご一読いただきたいと思います.
 本書では,現在の天皇制を特色づけているのは,伝統ではなく「戦後性」そのものであることを示唆しています.多くの日本人にとって,皇室は民主主義の強力な象徴ではないかという視点が強調されています.本書では敗戦から95年までの時期を記述することで,現在の天皇制を形作った社会の発展を総合的に分析することが可能となりました.「大衆天皇制」の全面的開花が始まるのが,昭和天皇の死去以降だからです.
 「国民の天皇」という書名に込められた問題意識は何でしょうか.第一に主権在民を謳う日本国憲法によれば天皇制の存続は国民の総意に基づいていることを含意しているのです.第二に,戦後の皇室は国民的人気を保つために,これまでのどの時代にもなかったほど気を配ってきたことを本書は重視しているのです.
 以上のような問題意識にたって,本書は日本の天皇制の変化,とりわけ現天皇の即位以降の動きを丹念に追っているのです.とりわけ日本国憲法の理念と天皇制,皇室制度との関わりについて重視し,憲法学者を初め,多くの知識人やジャーナリストたちの議論も丁寧に紹介しています.政界,社会各層での反応も右翼から左翼までこまめにフォローしています.こうした特長を有する本書は,天皇制と皇室に対する立場の違いを超えて,冷静にこの半世紀余を検証する上での必読書になっているのではないかと思います.かつて大きな影響力を持った松下圭一氏の「大衆天皇制論」の問題意識を継承しつつ,豊富な資料を渉猟するなかでそれを実証することに成功しているのです.
 ここ数年の皇室への国民的関心はより限定的な一点(雅子妃の健康問題)へと凝縮されているようですが,私たちはもっと広がりのある問題意識を持って,天皇制と皇室の問題を考えていくことが求められているのではないでしょうか.本書には原書刊行後の状況をいかに読み解くか,「岩波現代文庫版のためのエピローグ」を執筆していただきました.
 各章の内容として注目すべき点について紹介させていただきます.
 第2章では新憲法がどのように天皇の公的役割を規定し直したかを考察し,天皇の「象徴性」についての左右両翼の攻防,多くの知識人の象徴天皇論を紹介しています.第3章では,戦前から宮中で行われてきた閣僚による内奏が戦後史においても極めて重要な意味を持ったことを明らかにし,とりわけ佐藤栄作首相の昭和天皇へのアプローチや増原防衛相の問題発言など,注目すべき事例を通して,内奏と新憲法の理念との衝突を論じています.第4章では,九○年代に現天皇が,戦争中の行為について近隣諸国に謝罪したことから生じた三つの問題,戦争責任とは何か,象徴天皇に政治的権限が認められているか,天皇の公的役割をどう規定するかという問題の所在をたどっていて,刺激的です.
 第5章は,天皇制がらみの法案に対する広範な政治行動,とりわけ右派の動向について紙幅を割いています.右派を一枚岩にとらえずに,各派の主張の相違にも注目しています.
 第6章では,皇室の行動様式が戦後どう変わったかを追跡しています.大衆民主主義社会では,君主制は社会の中核的価値に結びつかねばならず,皇太子明仁が旧華族以外から妃を選んだことで,雲の上の神聖不可侵なる君主制が,皇室の長い歴史の中でも先例のないものへと変貌を遂げたことを重視しています.その皇太子が,天皇となった平成期の皇室が,(阪神大震災時において被災者を抱いて慰める皇后の姿に象徴されるように)いかに社会に適合的なものとして変化してきたか,それを「温かくファジーな平成の皇室」として,著者は注目しているのです.本書全体を貫く視点とは,現在でも強力な象徴としての天皇制が,日本という国のかたちが戦後変わるにつれて変化し,またこの国のかたちを作り直すのに利用されているということです.
 以上のご紹介で,本書の特長をご理解いただけたのではないかと思います.原武史氏による含蓄の深い解説にもご注目ください.ぜひ本書のご一読をお願いいたします.
第一章 「紀元前660年」から1945年までの天皇
近代君主としての天皇/第一次世界大戦後の天皇/天皇制と十五年戦争

第二章 立憲的象徴君主制
象徴天皇という伝統/天皇の新たな役割をどう見るか/叙勲制度の復活/象徴天皇制への異議/戦後体制の承認と憲法調査会/国民主権下での「立憲的象徴君主制」

第三章 いまも続く内奏―――戦後政治と昭和天皇
占領期と新憲法下の内奏/政治に関心を持ち続けた昭和天皇/占領終結後の時期/内奏はなぜ必要か

第四章 天皇の戦争責任と謝罪
昭和天皇の新しい服/浄化された戦争の記憶―日本とフランスの場合/象徴天皇制を承認する右派/天皇の謝罪と憲法

第五章 天皇制文化の復活と民族派の運動
建国記念日の制定運動/「2月11日」をめぐる論議/元号法制化に向けての運動/戦後民主体制と愛国心

第六章 「大衆天皇制」
昭和天皇は国民の天皇だったか 皇太子明仁の登場/皇室流「恋愛結婚」/大衆天皇制への反発/温かくファジーな平成の皇室

結び
岩波現代文庫版のためのエピローグ

 解説 原 武史
ケネス・ルオフ(Kenneth J.Ruoff)
1966年米国ニューヨーク州イサカ市生まれ.ハーバード大学卒業後,コロンビア大学で博士号を取得.94~96年,北海道大学法学部助手・講師を務める.英語圏における現代天皇制研究の第一人者として知られ,紀元二千六百年についての新著が近く刊行される.現在,米国ポートランド州立大学助教授,日本研究センター所長.

書評情報

朝日新聞(朝刊) 2019年4月30日

受賞情報

第4回 大佛次郎論壇賞(2004年)
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