歴史・祝祭・神話

歴史の中で犠牲に供された者たちの軌跡を通して,スケープゴートを必要とする社会の深層構造をあぶり出す.(解説=今福龍太)

歴史・祝祭・神話
著者 山口 昌男
通し番号 学術306
ジャンル 書籍 > 岩波現代文庫 > 学術
日本十進分類 > 哲学/心理学/宗教
刊行日 2014/01/16
ISBN 9784006003067
Cコード 0110
体裁 A6 ・ 並製 ・ カバー ・ 268頁
在庫 品切れ
著者の大テーマであるスケープゴート(贖罪の山羊)論.中心にある権力は周辺にハタモノを対置して自らの力を正当化し,ハタモノは一時は脚光をあびるがついには排除される.歴史の中で犠牲に供されたトロツキーやメイエルホリドらの軌跡をたどり,スケープゴートを必要としそれを再生産する社会の深層構造をあぶり出す.(解説=今福龍太)

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※本書は中央公論社より1974年7月単行本として、1978年12月中公文庫として、それぞれ刊行された。底本には中公文庫版を用いた。
岩波現代文庫版は今福龍太氏が本文の校訂に当たった。本文中の文献注には中公文庫版刊行後2013年末までに出版された文献を補った。

■編集部からのメッセージ

本書は著者のトリックスター論(これが集中的に論じられているのは『道化の民俗学』です)と並ぶもう一つの大テーマである「スケープゴート」(贖罪の山羊)論についての「序論」にあたる「問題提起」の書です。
 『本の神話学』が書物を中心とする知のネットワークを浮かび上がらせる神話読解の作業であるとすれば、本書は人物を中心としてふだんは見えない文化の深層構造を浮かび上がらせた作品です。
 本書の「祝祭」というキーワードは、華やかな祭りという意味からはほど遠く、歴史上のある時期、ある場所で文化英雄となった人物が志に反して処刑や流刑の憂き目に遭ったり、何者かへの「スケープゴート」とされるという意味です。解説者の今福龍太さんは目次に掲げた実在の人物を列挙したあと、「現実の歴史のなかでは迫害され扼殺された者たちの系譜に、さらにシェイクスピア史劇の放埒な老騎士フォルスタッフや17世紀スペインの伝説上の放蕩児ドン・ファンなどの架空の人物たちを加えれば、本書が説く歴史と神話空間とを媒介する『祝祭』なるものの深みと拡がりは明らかであろう。こうした人物たちはたしかに、政治的闘争と死の影に覆われた歴史世界から人々を解放し、民衆を一時的な祝祭空間=カーニヴァルに導こうとした。だが彼らは、結果として時の権力から魔性の烙印を押され、表層の社会秩序を回復するための生贄として葬り去られた者たちである」(252頁)と論じています。
 第一部「鎮魂と犠牲」は、みずからの個人的危機そのものをも時代の生贄に供した(1936年銃殺刑)スペインの詩人ガルシア・ロルカの詩句の引用によって始まります。
 次に折口信夫の論文をひいて「ハタモノ」(磔にされるもの、犠牲に供される者)の理論を最もよく具現化した人物の一人として、ジル・ド・レ(1404~40年)という人物を、ジョルジュ・バタイユの文章に依拠しつつ紹介します。彼は20代でフランスの元帥に列せられる栄誉に輝きましたが、降魔術に凝り何百人ともいわれる小児への凌辱と虐殺に手を染めたために、火刑に処せられました。
 また、中世日本におけるバロック的祝祭性を最も著しい形で表現したバサラ(婆娑羅)的人物(傾奇者)の代表として佐々木道誉と織田信長の事跡を追っています。佐々木道誉は南北朝の動乱期に異彩を放ったエキセントリックな守護大名で、その節操のなさ、抜目なさ、機敏さ、卓越した戦場駆け引き、古典に対する深い教養、新しい文化への感受性、そして並外れた装飾趣味によって有名です。また、織田信長についてはその例外と新しさこそが風流(日本的バロック)の精神を体現したものだとして、残虐性、伝統破壊者的衝撃性、異装への嗜好に注目しています。
 そしてヒトラーのユダヤ人虐殺に潜む論理を、ケネス・バーク(米国の文芸理論家)の象徴理論を通して理解しようとします。ここではユダヤ人が西欧社会でスケープゴートに仕立てられてきた論理と、人間にとっての悪、中心をおびやかす周辺(本書では山口さんが後に多用する「周縁」という言葉ではなく、「周辺」が使われています)的なものの意味と、中心が維持されるために常に周辺を目に見えるものとしておいておく必要性などについて考察がなされています。
 第二部「革命のアルケオロジー」ではスケープゴートの理論の観点からロシア革命とスターリンが考察されます。ここでは二人の「ハタモノ」すなわちスターリンの対抗者であったトロツキーと演出家メイエルホリドの栄光と死に光が当てられます。そこでは、スケープゴートを必要とし、それを再生産せずにはおかない社会の論理と、その中で「ハタモノ」の悲劇的輝きを一身に具現して滅びるに至った天才という両方の面からロシア革命の歴史を読み直そうとしています。メイエルホリドを論じた部分では、政治的な出来事以上に彼の文化・演劇理論の紹介が詳細になされており、彼への共感の念がよく表現されています。
 以上のように、本書は文化の中心にある権力が、その周辺にはみ出し者を対置することによって、自らの力を正当化すること、スケープゴートとされた人間はそれによって一時は輝きを増すことはあっても、ついには排除されてしまうという原理を明らかにしており、目に見えない、日常世界を律する文化の深層構造をあぶり出しています。本書のこうしたモチーフは『文化と両義性』において日本神話の分析や文化記号論の成果などを取り入れてより深められてゆき、晩年の『「挫折」の昭和史』 『「敗者」の精神史』といった著作において近代日本を舞台に詳細に展開されることになります。
 『本の神話学』と『歴史・祝祭・神話』の刊行によって、岩波現代文庫には山口昌男さんの本が11点収められることになりました。現代文庫としての刊行順に示しますと①『天皇制の文化人類学』、②『文化と両義性』、③『文化の詩学(I・II)』、④『知の遠近法』、⑤『「挫折」の昭和史(上・下)』、⑥『「敗者」の精神史(上・下)』、⑦『いじめの記号論』、⑧『道化の民俗学』、⑨『内田魯庵山脈(上・下)』、⑩『本の神話学』、⑪『歴史・祝祭・神話』となります。オリジナルの単行本として刊行された時期は、②④⑧⑩⑪が1970年代、①③⑦が1980年代、⑤⑥⑨が1990~2000年代です。このいわば《山口昌男ミニ著作集》は主要著作の大半を網羅しています。
 今回『本の神話学』と『歴史・祝祭・神話』を岩波現代文庫に収録するにさいしては今福龍太さんによる本文の徹底的な校訂がなされましたが、この過程において今福さんは山口さんの著述の過程を追体験したように感じたと語っています。読者のみなさんも《山口昌男ミニ著作集》の何点かを手にとって、この不世出の巨人の知的営為を追体験しませんか。
(T・H)
山口昌男(やまぐち まさお)
1931-2013年。東京大学文学部国史学科卒業後、東京都立大学大学院で文化人類学を専攻。東京外国語大学、静岡県立大学、札幌大学の教授を歴任。「中心と周縁」「スケープゴート」「道化」などの概念を駆使して独自の文化理論を展開した。『天皇制の文化人類学』 『文化と両義性』 『文化の詩学(I・II)』 『知の遠近法』 『「挫折」の昭和史(上・下)』 『「敗者」の精神史(上・下)』 『いじめの記号論』 『道化の民俗学』 『内田魯庵山脈(上・下)』(以上岩波現代文庫)、『アフリカの神話的世界』 『知の旅への誘い』 『文化人類学への招待』(以上岩波新書、『知の旅』は共著)など著書多数。

書評情報

日刊ゲンダイ 2014年4月4日
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