続 歌舞伎への招待


戸板康二の「居住まい」
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編集部だより
戸板康二の「居住まい」

 平成5年(1993)1月23日,77歳でその生を閉じられるまで,私は遂に戸板康二先生と御言葉を交わす機会を持たなかった.御著書を通じての一学徒として,歌舞伎座の客席で,遙か彼方から,ひたすら眩しく仰ぎ見るほか無かった.晩年先生は下咽頭癌の為に声帯を失われたが,招待日など,隣人とオリベッティ製の発声器を喉にあてて談笑されている先生は,私には堪らなく闊達で洒脱に映った.長い歳月を閲して陶冶され彫琢された,見事な「居住まい」とでも言うべきものが,そこにはあった(以下,敬称略).
 「青い鳥は実は,わが家の,窓に吊された籠の中にいるのだ」.
  『続歌舞伎への招待』冒頭の言葉である.海外戯曲や新奇な演出に傾く役者たちに投げかけられている戸板の警句の,真の鉾先は私達日本人だろう.敗戦後5年,「旧い」というだけで全てが否定された時代.戸板が導入した「エトランゼ(異邦人)」の眼は,その時代の「空気」を逆手に取ったものと言えよう.その斬新な視角は当然の如く以後の歌舞伎評論の思潮を席巻したが,戸板とすれば,決して奇を衒ったものではなく,従来の通人趣味とも衒学的文体とも厳しく一線を画するものだった.
 「酒は,のんで酔ふことを人に勧められて,さてそれから酔ふといつたものではない.歌舞伎も,同様に,自分から進んで味得し,鑑賞者のひとりひとりが,自身の『歌舞伎美論』をもつべきものなのだ.しかし,歌舞伎はむやみに,即して淫してはいけないので,最後の一線が厳重に劃されてゐなければならぬ.一歩ふみ外すと,最も軽蔑すべき観客となる危険がある」(『続わが歌舞伎』)
 『歌舞伎への招待』は,歌舞伎を愛する者にとって垂涎の案内書である.しかし招待客は美酒に淫し,甘えてはいけない.読者のテーブルマナーもまた,試されているのだ.
 「吾々が,個人として『いい人間』であり『いい生活』をもたなければならないといふ気持を,静かに語られた芸談(略)からも,刺戟されるのは,たのしいことである」.
 「いい人間」「いい生活」.言い換えれば,近代が必然である以上,観客が小市民として自立し,「青い鳥」と向き合うことこそ,戸板が到達した歌舞伎との「付き合い」方のひとつの境地であった.
 戸板は生前,劇評からエッセイ,推理小説,句集まで172冊の膨大な著作をものした.私の書架にもその半数以上が並んでいる.それらを眺めながら,かつて見た戸板康二の「居住まい」を思い出す.背表紙一つ一つが,「いい人間」「いい生活」を全うした,この稀有な人格の有り様を静かに語りかけて来る.
 戸板の句集に『良夜』がある.秋の季語で必ずしもこの場には相応しくないかも知れないが,一夜,戸板の私達への「招待状」に,半世紀ぶりに改めて眼を通すことが出来る「いい生活」を得た至福を噛みしめたい.窓外の冴え返る月を眺めながら.

(犬丸 治)


著者紹介
戸板康二(といた やすじ)
1915−93年.演劇評論家,小説家.慶応義塾大学国文科卒業.折口信夫に師事.劇評のみならず演劇史,民俗学,推理小説,俳句,戯曲と多岐にわたり健筆を揮った.著書に『今日の歌舞伎』『忠臣蔵』『歌舞伎十八番』『折口信夫坐談』『團十郎切腹事件』『ちょっといい話』『戸板康二劇評集』『戸板康二俳句集』などがある.


目次

開幕前/梅王丸/紙屋治兵衛/早野勘平/前のまくあい/白拍子花子/八重垣姫/土手の お六/後のまくあい/武蔵坊弁慶/切られ与三郎/――幕.
解説――犬丸 治

本書は1951年,暮しの手帖社から刊行された.




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