野坂昭如ルネサンス 1

好色の魂

「好色出版の帝王」貝原北辰の生涯を,己れの自画像をも映しいれ共感と敬意をこめて描いた異色長編.

好色の魂
著者 野坂 昭如
通し番号 文芸112
ジャンル 書籍 > 岩波現代文庫 > 文芸
日本十進分類 > 文学
シリーズ 野坂昭如ルネサンス
刊行日 2007/05/16
ISBN 9784006021122
Cコード 0193
体裁 A6 ・ 並製 ・ カバー ・ 228頁
在庫 品切れ
エロ・グロ・ナンセンス華やかなりし昭和初期,たび重なる発禁にも屈せず,『ロシア大革命史』や『デカメロン』,『密戯指南』本を秘密刊行し続けた,「好色出版の帝王」貝原北辰.その奔放無頼の生涯を,「四畳半襖の下張」裁判を闘った野坂昭如が,己れの自画像をも映しいれながら共感と敬意をこめて描き上げた異色長編.(解説 永六輔)

■著者からのメッセージ

「野坂昭如さんからの手紙」(TBSラジオ「土曜ワイド/永六輔 その新世界」2007年5月12日放送分)より

 この度,約四十年前に書いた作品が岩波から文庫になる.素直にしみじみ嬉しい.岩波の名前に魅かれて読んで下さい.
 来年三月までに全巻七冊刊行予定.
 この度は『好色の魂』『水虫魂』二巻である.
 刊行日は五月十六日,全巻和田誠氏のカバーで飾られる.
 今回の解説は永六輔氏というのも嬉しい.
 『水虫魂』は活字へ移った最初の作品だ.
 すべてがここにある.
 あの頃,俺は天才だったのだろうか.
 今の世に再録されるとういことが,その証.
 当時,日の出の勢いの諸名家に囲まれながら,うわべはともかく,内心ビクビクもので世を渡っていた.
 その頃から今に至るまで自分の作品を読み返したことはない.
 読めば,おのが無能さを突き付けられ,以後恐くて一字も書けなかっただろう.
 二十代から,ぼくの行く先々で永六輔の名を聞いていた.
  当時の彼は,ジーパンにゴムぞうりという出で立ちで,目つき,物腰,万事鋭く,存在そのものが際立って目立っていた.
 あれから半世紀,現在に至るまで,ぼくは永さんを天才だと思っている.
 永さんには多大な迷惑をかけ続けてきたらしい.
 胸に手をあてて省みて,思い当たる節はいくらもある.だからといって,その償いに誉めているわけじゃない.
  永六輔の解説を待ちながら,彼ならきっと我が片言隻句をつかまえて,いい言葉を編み出してくれるだろうと思っていた.
 その期待は裏切られなかった.
 永さん どうもありがとう.
 公共の電波の私物化は,旧日本軍の十八番〔おはこ〕.まことにいけないことだ.ましてやラジオ界随一のTBS土曜ワイドにおいておや.
 ……と判っていて,敢えて私物化する.
 どうぞ読んで下さい.
野坂 昭如

■「野坂昭如ルネサンス」開幕の辞

野坂昭如さんの小説,エッセイは1960年代後半から70年代半ばまで怒濤のように次々と発表され,若者を中心に多くの支持を得ました.また文学以外に,歌手やキックボクシング,ラグビー,コメ作り,選挙への出馬など,その活動は社会的にもさまざまなインパクトを及ぼしました.
  今日,野坂さんの小説は,文庫本としては『アメリカひじき・火垂るの墓』『エロ事師たち』など十点ほど,単行本は2000年代に入ってからのものを中心に,合わせて五十点ほどが「現役」ですが,70年代に出版された小説の多くは入手が難しくなっています.インターネットの掲示板では野坂さんの作品の,比較的廉価な文庫本での再刊が求められています.
 野坂さんは2003年5月に脳梗塞で倒れて以来リハビリにつとめる毎日ですが,TBSラジオ「土曜ワイド/永六輔 その新世界」中のコーナー「野坂昭如さんからの手紙」に寄せられる野坂さん復活へのリスナーの期待には毎週熱いものを感じます.それは主に,権力への反骨,平和や反戦をうたった小説,エッセイをなつかしむ昔ながらの読者(主として2007年に定年を迎える「団塊の世代」)の声なのかもしれません.他方,上にも記したように,ネットの掲示板には野坂作品を初めて読んだ若者の素直な驚き,感動が書き込まれています.今こそ野坂さんご自身が健康を回復されることと同時に,60~70年代の息吹きを圧倒的に伝える野坂作品が「ルネサンス」される必然性があります.
 このたび岩波現代文庫では,「野坂昭如ルネサンス」と銘打ったシリーズを発足いたします.2007年5月16日に『好色の魂』『水虫魂』の2点を同時刊行し,これ以降2008年3月まで隔月で1点ずつ,合計7点の小説を刊行してまいります.
 野坂作品の第一の特徴は,その文体の圧倒的なスピード感です.関西弁の饒舌な「戯作体」,古語,漢語を多用した表現などにより,読者はあれよあれよという間に野坂ワールドに引き込まれます.特に短編のスピード感は圧巻です.
 第二の特徴としては下層の庶民の(多くは娼婦だったり,エロ事師だったり,ヤミの商売の人物)悲哀が凝縮した形で書き込まれていることがあげられます.そして作品はしばしば主人公のあっというまの落命により結末を迎えることがあります.特に戦争を背景にした悲惨.これが反戦への志向として,「70年安保」という時代的雰囲気の中で若者の支持を大いに得たのだと思われます.
 第三の特徴は「焼跡・闇市派」としての体験に基づく圧倒的な「死」の記憶の作品化です.60~70年代の『アメリカひじき・火垂るの墓』『とむらい師たち』『骨餓身峠死人〔ほねがみとうげほとけかずら〕』から,80年代の三島由紀夫の死を扱った『赫奕〔かくやく〕たる逆光』『ぼくの死の準備』と並べ,自身の闘病体験を付加すれば,野坂さんはずっと「死」を見つめてきた作家だということが言えるでしょう.
  「野坂昭如ルネサンス」は,必ずや新しい読者に感動をよび起こすアンソロジーであると確信します.1970年代の感性,圧倒的なスピード感がたちまちのうちによみがえります.野坂作品をまだ読んだことのない若い方のみならず,かつて同時代に野坂ワールドを体験した中高年の方にも,ぜひご一読をおすすめします.
(T・H)
野坂昭如(のさか あきゆき)
1930年鎌倉市生まれ.45年神戸大空襲で養父を失う.47年新潟の実父のもとへ帰る.50年早稲田大学文学部仏文科に入学し,7年間在学.音楽事務所勤務,コント台本作成,作詞等に従事.63年「エロ事師たち」発表.68年「アメリカひじき」「火垂るの墓」で第58回直木賞受賞.80年「四畳半襖の下張」裁判で有罪確定.83年参議院議員当選.同年の総選挙に際し田中角栄元首相の地盤・新潟三区から立候補し落選.97年『同心円』で第31回吉川英治文学賞受賞.2002年『文壇』およびそれに至る文業により第30回泉鏡花文学賞受賞.なお,岩波書店で刊行された野坂さんの著作には,小野周さんをはじめ6名の科学者との対談を収めた岩波新書『科学文明に未来はあるか』(編著/1983年3月刊/原載・雑誌『科学』1982年1~12月)があります.

書評情報

北日本新聞(朝刊) 2012年5月13日
週刊現代 2007年6月23日号
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