初めて人を殺す

老日本兵の戦争論

中国で捕虜の刺殺訓練をさせられた元日本兵が,自らの戦争体験や,軍隊,戦争そのものの正体を問う.

初めて人を殺す
著者 井上 俊夫
通し番号 社会105
ジャンル 書籍 > 岩波現代文庫 > 社会
日本十進分類 > 社会科学
刊行日 2005/01/18
ISBN 9784006031053
Cコード 0133
体裁 A6 ・ 324頁
在庫 品切れ
召集で赴いた中国の戦線で,捕虜の刺殺訓練をさせられた82歳の元日本兵・井上俊夫.戦死した友の眠る故郷の墓地で,8月15日の靖国神社で,半世紀近くたって参加した戦友会で,老若男女の集うネットで….自分の戦争体験や,軍隊,戦争そのものの正体を問い続け,老日本兵は歩き,考え,書く.「お前は中国でいったい何をしたのか」,終わらない問いを抱え記したエッセイ集.

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「本書には私が日中戦争に従軍した時の体験や,戦後になって考えてきたことなどが述べてある.誤解しないでほしいのは,私がこうしたものを書いたのは,反戦平和の活動家みたいな顔をしたいためではない.六十有余年ものその昔,二十歳のうら若さで,天皇の軍隊の制服に身をかため,手に三八式歩兵銃をひっさげ腰に銃剣をぶらさげて,中国大陸に乗り込んでいった一人の無名兵士に問いかけるために,私はこれらを書いてきた.
 井上俊夫よ,お前は中国のどことどこの村を,砲車と馬と軍靴で砂塵をまきあげながら,通り過ぎていったのか.お前の眼は中国の村でいったいなにを見たのか.お前の耳は中国の村でどんな音を聴いたのか.お前の鼻は中国の村でなんの臭いを嗅いだのか.そしてお前の両手は,中国の村でいったいなにをしでかしたんだ.
 こうしたことをつきとめたいがため,私は書いてきたともいえる.……」

 これは本書「あとがきに代えて――老いたる元日本軍兵士の独白」からの著者の言葉.加害行為を犯した兵士たちが体験を「沈黙の闇」に閉ざし戦後を過ごすなか,著者は上記の問いから離れられずにいた.そして,エッセイとしてまとめ,『八十歳の戦争論』『従軍慰安婦だったあなたへ』(いずれも,かもがわ出版)などの著書や,自ら作るホームページで公にしてきた.本書はそれらに新稿を加え,新たに編集したものである.
 戦争の「悲惨」だけでなく,確かにあった戦争の「愉楽」からも目をそらさない.狂気から殺人・略奪・強姦が行なわれるのでなく,大日本帝国を後ろ盾とした「善良な市民」であったからこそそれらを行なってなお,罪の意識を感じずにすむ,ともいう.体験に根ざした鋭い戦争観が,ユーモアとペーソスを交え,巧みなレトリックとともに綴られる.
 戦死した友人に靖国神社の居心地を語らせた「日中戦争で戦死した大阪生まれの英霊の声」,出身の村の墓地で戦死の形を問うた「銭池村墓地にて」,自分に捕虜刺殺訓練を命じた上官との再会と老兵の現在を重ねた「老兵「バリアフリー2004」へ行く」,ある従軍慰安婦との交わりについて,ネット上で再会した同部隊兵と回想した「なみだ【涙】」,天皇批判の詩を朗読したある集会での出来事「大阪・中之島・中央公会堂脱出記」,8月15日の靖国神社を老兵の目でつぶさに観察した「私の八月十五日」,中国戦線での自らの戦争体験を綴った「初めて人を殺す」,大日本帝国陸軍の一兵士として「大元帥陛下」に語りかけた「八王子の麗しき森の住人に捧げる歌」――以上の作品を収録する.



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