〈傷つきやすい子ども〉という神話――トラウマを超えて


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編集部だより
内容紹介

 不運なできごとが連続して襲いかかってくる時に,誰もが過去を振り返ります.どこで歯車が狂ったのだろうかと.何度もそれを問い直しながら,さらに自問します.「どうしてこの私が,なぜ私だけが,こんな目に遭わなければならないのか」
 でも,そうすることでかえって自分を追いつめてしまう場合もあるでしょう.そもそも人間が自分の過去を振り返るのは,かなり難しいことですね.
 さて本書では,人生において子ども時代をどう評価すべきかを考察しています.子ども時代が重要であることは,誰も否定できないでしょう.ただ,子ども時代が人生の全てを支配するという考えは,本当に正しいのでしょうか.
 この十数年,トラウマという語は日常生活にも定着しました.十九世紀末にフロイトが提唱したトラウマ理論では,子ども時代の心の傷が人生を決定的に規定していくという考えにたっています.この理論は日本でも影響力が強く,心理学ブームの中でさらに定着しました.幼少期のトラウマが一人の人間の人格を規定していくという考えは,私たちもかなり自然に受けとめているのではないでしょうか.
 でも,本当にそれは正しい考えでしょうか.本書はそれを正面から問い直します.
 本書の原題は『幼児期トラウマという神話――〈子ども時代〉の力と影響について』.
子ども時代を過大に評価しすぎることによって,むしろ過去に囚われて,大事な現在と未来を見失ってしまうことになりかねないことを示唆しています.
 本書は子ども時代の心の傷など,気にするべきではないと主張している本ではありません.子ども時代の心の傷に今も悩んでいる人びとの苦しみをきちんと受けとめています.ただ,本書で重視しているのは,「どうしてこの私が,なぜ私だけが,こんな目に遭わなければならないのか」と思い詰めてしまう時に,どんなまなざしで過去が振り返られるのか,心の傷に関する記憶とはどんな特質を持っているかを,もっと厳密に冷静に検証してみようということです.
 ハンガリーの社会学者アグネス・ハンキスは自分の人生を物語る四つのタイプとして,「王朝タイプ」「アンチテーゼ・タイプ」「賠償タイプ」「転嫁タイプ」をあげていますが,幼児期トラウマがいかに刻印され,その後の人生をどう規定しているのかについて,その多様性を勘案した上での冷静でバランスのとれた分析と考察がなされていけば,私たちはもっと子ども時代への豊かな眼を育んでいけるのではないでしょうか.
 近年,臨床心理学,心理療法への関心が高まる中で,本書のアプローチが新鮮さを増していると思われます.心理学・教育学に関心のある方々だけではなく,人間そのものを問う本として広範な読者の皆様にご一読をお勧めするものです.



著・訳者紹介

ウルズラ・ヌーバー
1954年生まれ.ミュンヘンのテレビ局でフリーのジャーナリストとして働き,ミュンヘン大学での研究助手などを経て,83年から『今日の心理学』誌の編集者,現在同誌編集長.主著に『うつ病――誤解されている病気』『エゴイズムの罠』.

丘沢静也(おかざわ しずや)
1947年生まれ.首都大学教授.ドイツ文学.
主著『マンネリズムのすすめ』(平凡社新書)エンツェンスベルガー『数の悪魔』(訳書, 晶文社)



目次

はじめに
 
〈子ども時代〉が人生を決める――こんなにたくさんの人が信じてるのだから,まちがってるはずがない
  子どものころの傷が,大人になってからの障害に?/トラウマ理論は映画になるほど熟している――「〈子ども時代〉が人生を決める」とメディア/宗教戦争――トラウマを疑う者は,抑圧されている?
 
幼児期トラウマという神話――フロイト以後
  精神分析のトラウマ理論とその影響/〈子ども時代〉という冒険――子どもを傷つけるとされるものは誰か,そして何か/トラウマ理論の専制
 
新しい〈子ども時代〉像――幼児期の経験が人生を決めるわけではない
  保護アイランドと,もうひとつ別の鏡/遺伝子の役割――保守的な反動か,解放か?気質――生まれつき「なじみやすい」か「なじみにくい」か?/モデル・チェンジ――フラッシュから雪だるまへ
 
〈子ども時代〉のトラウマ――だって,ちゃんと覚えてるんだから!
  「にせの記憶」という現象――なぜ記憶は頼りないのか/トラウマ理論への攻撃――記憶は抑圧されうるか?/アイリーン・フランクリン・リプスカーの場合/(無意識の)抑圧か,(意識的な)抑制か?
 
これまでの人生を物語る――昔むかし……
  思い出が,われわれのアイデンティティの素材である/悲劇,喜劇,英雄譚――われわれはどんなふうに自分の人生を物語るか/書き換えられた物語――心理療法と記憶/自助ブック――書かれた言葉の影響力
 
〈子ども時代〉の力――なぜわれわれは〈子ども時代〉の力を信じたいのか
  自分をよくしたい/重荷を軽くしたい/修復してもらいたい/親和力――セラピーが政治を支えている
 
犠牲者意識の罠から脱出する――パースペクティブの転換
  自己憐憫から自己責任へ/ひどい〈子ども時代〉からの挑発
 
訳者あとがき
解説  小沢牧子
現代文庫版訳者あとがき



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