磯崎新さんの名前は,日本を代表する建築家としてあまりにも著名ですが,本書のタイトルは少し風変わりな響きを持っています.建築家捜しとは何でしょうか.一言で言えば,建築家とは一体,何者であるのか,自我と社会に向き合い建築家は何を表現するのかという磯崎さんの鋭い問いがタイトルにこめられています.世界の建築界に衝撃を与え続けてきた筆者が,この根元的とも言うべき問いに敢えて向き合っていることが本書の醍醐味だといえます.
磯崎さんは,「自分でも何故,そして何時,建築家になったのか分からない」と書いています.そもそも一級建築士にしても,「特定の職業でも,芸術的な職業でもなく,たんに人に迷惑をかけない最低基準を理解しているという証明にすぎない」ものであり,磯崎さんは「気がついてみると建築家と呼ばれる職業に従事していたし,そうとなったら,とことん建築家とつき合うだけだと思うのがいいのだが,その建築家がいったい何者なのかつかめない.こっちもぐらついているし,相手の像も変化する.自己同一化をはかるなど無理ではないか,と迷いつづけてきたわけだが,フェミニズム論などを読んでいるうちに,私にとって,建築家とは他者なんだと気づいた」と述懐しています.稀有な輝きを持つ建築物との遭遇や少年時代の特別の体験が,氏をして建築家にならしめたのであろうという予断は見事に修正されてしまうのです.
本書では,磯崎さんが建築家という仕事といかに向き合ってきたのか,その思考と創造の足跡が描き出されています.そして,個人の軌跡が描き出されるだけではなく,内外の建築家との対話が全篇で展開され,「他者としての建築家」像が浮き彫りにされているのです.エッセーとして含蓄に富むだけではなく,建築と建築家について,都市のデザインについてその世界の内側を知りたいという読者にとって,多くの示唆と驚きを与える内容になっています.たとえば,未来都市論が花盛りであった1960年の東京で磯崎さんが何を考えたか,1963年地震で壊滅したユーゴ南部の都市スコピエの再建計画に関わった丹下健三チームはどんなイメージで都市を再建したのか,1968年5月,ミラノ・トリエンナーレで磯崎さんが抱いた感懐,アメリカのアカデミズムとの出会いから得たものなど著者の建築を理解する上では必須の内容が描かれています.また,ル・コルビュジエ,フランク・ロイド・ライトはもちろん,より若い世代である世界の建築家との緊張感ある対話が本書を彩っています.今回,現代文庫版に際して,各章に新稿を加筆し,現時点からさらに深く主題を解明しています.美術家の岡崎乾二郎氏による解説も,本書の内容とまさに共振しあっています.ぜひ本書をご一読ください. |