戦争とたたかう

憲法学者・久田栄正のルソン戦体験

軍隊での人間性否定に抵抗し,凄惨な戦場でも戦争に抗い続けられたのはなぜか.稀有な体験を歴史に記す.

戦争とたたかう
著者 水島 朝穂
通し番号 社会261
ジャンル 書籍 > 岩波現代文庫 > 社会
日本十進分類 > 歴史/地理
刊行日 2013/06/14
ISBN 9784006032616
Cコード 0123
体裁 A6 ・ 並製 ・ カバー ・ 434頁
在庫 品切れ
軍隊内務班での人間性否定に毅然と抵抗し,フィリピンの凄惨な戦場でも戦争に抗い続けた久田栄正.戦後は自らの戦場体験を礎に平和憲法と共に生きた老憲法学者の稀有な従軍体験を,「戦争を知らない世代」の憲法学者が詳細に聞き取った.膨大な資料を探索し,久田証言を客観的に検証し,アジア太平洋戦争の歴史に位置付けた感動の一冊.

■編集部からのメッセージ

久田栄正氏(1915-1989)は憲法学者として戦後長きにわたって北海道内の大学で教鞭をとった方です.久田氏は十五年戦争に兵士として従軍しルソン島での退却行など凄惨苛烈な戦争体験を経て内地へ帰る途中で日本国憲法第九条に出会い,深く感激して憲法学研究者への道を選んだのでした.本書の誕生するきっかけとして,久田氏の最後の赴任校である札幌学院大学の同僚となった水島氏に,久田氏が自らの戦場での経験を語り,私家版の戦記を謹呈したことから,水島氏の聞き取りが始められたという経緯がありました.水島氏は膨大な関連資料を渉猟し,多くの生き証人からの証言にも接しながら,久田栄正氏が経験した帝国陸軍での軍隊生活,戦場体験の全体像に肉迫しました.
 あの戦争が終結してから,68年を迎える現在においては,戦場を再現・再考することは極めて困難になっています.しかし本書は戦後世代の憲法研究者である水島氏が,徹底した資料探索に基づく質問をしながら,久田氏の記憶を見事に掘り起こしていきます.証言と対話を通じて久田氏の軌跡を詳細に描き出しながら,時代背景も丁寧に織り交ぜていきます.
 単行本が刊行された時点で,本書は各紙の書評に取り上げられ,現代史研究者からも賞賛されました.それは本書を通じて,戦場の実像が世代を超えて伝わりうるということを実感できたことによるものと思われます.
 本書では,そもそも反戦・厭戦思想を有していた久田氏がいかに「戦争とたたかう」ことができたのかを克明に追跡していきます.
 四高時代の自由な雰囲気の中で反軍国主義的な思想を持っていた久田氏は,就職後短期間で召集されました(1942年8月入隊).社会から隔離された兵営生活において,内務班こそ均質的人間の製造工場であったのでした.プライバシーは徹底的に侵害されました.学生時代の反軍的な行動がマークされていたのか,久田氏は徹底的ないじめに遭い,私的制裁は極限に達しますが,久田氏は頑として思想改造を拒否し,軍隊内の落ちこぼれに徹しようと決意するのです.だが3ヶ月の教育期間が終わり,満洲に派遣された久田氏は生き延びるために敢えて経理部幹部候補生に転じました.見習士官を経て陸軍主計少尉に任官した後に,1944年夏にフィリピンのルソン島に向かうようにと命令が出されます.
 米軍の爆撃は猛威をふるい,戦局の悪化は誰の目にも明らかでした.飢えと病で兵士たちは次々に倒れていく過酷な戦場を,久田氏はどのように生き延びることができたのでしょうか.そして戦場での体験を,戦後どのようにして受けとめながら,久田氏は生きたのでしょうか.
 ぜひ本書をご一読いただき,久田栄正という一人の人物の足跡を通じて,戦争と人間について思索を深めていただきたいと思います.
 本書は久田栄正・水島朝穂共著として『戦争とたたかう――一憲法学者のルソン島戦場体験』として1987年に日本評論社から刊行されました.岩波現代文庫版に際しては,誰が描かれた本であるかを明確にするために,サブタイトルを変更し,水島氏の単著として刊行することにしました.より多くの方に読んでいだくために,単行本よりも分量を圧縮し,さらに読みやすくなっています.ぜひ本書をお読みくださいますようにお願い致します.

プロローグ――「戦争を知らない子供たち」の世代から

一 一貫した反軍精神
1 幼児期から中学まで
2 旧制高校時代――「教練服反対事件」
3 京大時代――「特高」に睨まれる
4 就職,そして召集令状

二 軍隊の内務班生活――人間改造への抵抗
1 軍隊社会へ
2 均質的人間の製造工場
3 「私的制裁」と「いじめ」の構造

三 「満洲」へ――経理部将校となる
1 虎林の野戦貨物廠警備隊へ
2 経理部幹部候補生になる
3 経理部将校としての「順法闘争」
4 フィリピンへの動員下令

四 「ルソン決戦」への道程
1 バシー海峡をこえて
2 ルソン島上陸,ポソロビオに駐屯
3 「レイテ決戦」の結末
4 米軍ルソン島上陸前の状況

五 米軍リンガエン湾に上陸
1 日本軍の守備
2 ポソロビオ爆撃
3 米軍上陸

六 退却行はじまる
1 旭兵団方面の戦闘激化
2 陣地撤収,ナギリアン道イリサンへ
3 イリサンに米軍迫る
4 「死守命令」と敵中置き去り

七 「人間廃業」の戦場
1 国民はルソン戦の真実を知らなかった
2 バギオ陥落,トリニダット脱出
3 「戦陣訓」の果たした役割
4 ボントック街道敗走
5 飢餓の戦場
6 最後の「死者命令」
7 高柳一等兵の死

八 日本軍隊の崩壊――降伏
1 師団経理部転属の謎
2 敗戦・武装解除――「シビリアン!」
3 ボントック道死の行進
4 「天皇の下士官」山下奉文大将

九 捕虜収容所における「憲法論争」
1 捕虜収容所の生活
2 赤裸々な人間からの出発
3 「食うための闘争」
4 軍人精神の崩壊と「本音」の突出
5 捕虜収容所における「憲法論争」
6 戦犯追及と山下大将死刑判決
7 復員,日本国憲法草案に涙する

エピローグ――平和憲法に生きて

あとがき
岩波現代文庫版あとがき
水島朝穂(みずしま あさほ)
1953年東京都生まれ.札幌学院大学助教授,広島大学助教授を経て,96年より早稲田大学法学部(後に法学学術院)教授.憲法・法政策論.法学博士.著書は『現代軍事法制の研究』(日本評論社)『武力なき平和』(岩波書店)『憲法「私」論』(小学館)『時代を読む』(柘植書房新社)『この国は「国連の戦争」に参加するのか』(高文研)『18歳からはじめる憲法』(法律文化社)『東日本大震災と憲法』(早稲田大学出版部)ほか多数.NHKラジオ第一放送「新聞を読んで」レギュラーを14年務めた.
ホームページ「平和憲法のメッセージ」 http://www.asaho.com/ を主宰.
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