 |
|
 |
 |
 |
「自分の一生は,安井曾太郎描くところの波騒ぐ湖に立つ鷺の絵で包まれたこの2320頁の中にすっぽりと収まってしまうのだ.いや,自分だけではない,全日本人の生涯がこの一冊の中で営まれるのだ.するとこれは日本列島さえも押し包んでしまうのか.」これは作家の井上ひさしさんが1988年に書かれたエッセイの一節です.
広辞苑が1955年5月25日に刊行されてから52年が経ちました.言葉の本来の語義を明らかにすると同時に,新しく付与された意味とその用法を記述し,定着させる.それによって国民の絶大な信頼を得てきました.
本小冊子では,この辞典作りに関わるさまざまなエピソードが披露されます.この小冊子を通読することによって,辞書の持つ醍醐味を満喫され,広辞苑をさらに活用してくださるよう希ってやみません. |
|
| (2007年10月) |
 |
| 堀井令以知 さん |
 新村
出(1962年)
新村出先生が京大に赴任されたころは,上京区下切通(しものきりとおし)新烏丸(しんからすま)東入る,河原町丸太町の北に住んでおられました.私の旧宅の近くです.その家は新村先生が特に懐かしく思われていたところで,「水もわるくはなかつた.……冷し物などを井筒の中に吊るして,ひやし西瓜などのつめたいやつを味はつたり,その家には思ひ出が今も深い」などと記されています.
それから,鴨川西畔の土手町に移られます.木戸孝允別邸跡で,頼山陽の「山紫水明処」に近い場所にありました.現在の新村出記念財団の建物は,その木戸別邸の一部を小山中溝町に移築されたものです.
先生のお名前の「出」は,先生のご実父・関口隆吉氏が前任地の山形から山口に転任されて間もなくの誕生だったことから,山口と山形,山が重なる因縁によるものです.先生の雅号「重山(ちょうざん)」もこの「出」の文字から付けられました.財団には,先生が収集された,ことばに関する文献,キリシタン関係文献,エスペラント・ローマ字・仮名遣いの雑誌,短歌・俳句の雑誌などなど約1万3千冊が「重山文庫」として収められています.『広辞苑』の執筆などに利用された書斎の名は「時鳥(ほととぎす)」と言い,今も残っています.
 旧宅玄関口に立つ碑 〈撮影〉関戸勇
お酒をあまり召されなかった先生でしたが,甘いものには種々ご造詣が深くていらっしゃいました.北山の上賀茂神社近くの御倉屋(みくらや)さんで,今でも求める人の多い「夕ばえ」「霜の朝」などのお菓子は先生の命名になるものです.夕ばえを好み,新月を仰いで歌を作るのを楽しみとされた,先生の穏やかなお人柄を感じることができます.
言語学者/新村出記念財団理事長
|
| 新村出記念財団は1981年5月に設立.新村先生所蔵の「重山文庫」は,毎週月曜と金曜の2日,一般の閲覧に供している. |
 |
| しんむらいずる.1876年(明治9)山口県に生まれる.東大卒.京大教授.言語学者・国語学者として,特にキリシタン語学に新生面をひらき,語源・語誌説に卓見を示す.文化勲章受章.1967年(昭和42)逝去. |
 |
ひい孫にやさしく書いてやる文句
じつにむつかしそのかなづかひ |
 |
国語辞書いまだヴの音ヴの文字を
立てずにゐるをいかにかはせむ |
 |
新村出『白芙蓉』 |
 |
右:谷崎潤一郎宛書簡
左:書斎
〈撮影〉関戸 勇 |
| 第一版刊行から50年余.広辞苑改訂の歩みは,日本語を取り巻く環境の変化を映し出しています. |
 |
1955年5月25日 |
 |
| 新村出編『辞苑』を全面的に改訂・増補したもの.編集作業に7年余の年月を費やし,『辞苑』とは面目を一新,『広辞苑』と名付けられた.百科事典を兼ねた20万語収載の国語辞典は日常生活に役立つものとして高い評価を得た.装丁は洋画家安井曾太郎の手になる. |
 |
1969年5月16日 [第二版補訂版]1976年12月1日 |
 |
| 2万項目を削除し,新たに2万項目を増補.諸科学の最新成果を集約し,時代とともに生き続ける辞典であることを宣言した.7年目には小改訂を施して「補訂版」とし,このとき初めて文字の大きな「机上版」も刊行. |
 |
1983年12月6日 |
 |
| 14年ぶりの大規模な改訂.新たに12,000項目を増補し,旧版に比して200頁以上の増.従来は「満つ」のように文語の形であった見出しを「満ちる」のように口語形に改めるなどの工夫を加えた.87年には,すべてのデータを1枚のディスクに収め,パソコンで引けるようにしたCD-ROMを刊行,電子出版の部門でもトップランナーの評価を得た. |
 |
1991年11月15日 |
 |
| 社会の目まぐるしい変動のなか,言葉の変化も激しく,旧版から8年目の全面改訂.15,000語を新収,総収録項目22万余.192頁の増加は1冊本の厚さとしては限界で,薄く軽い上質の辞典用紙を開発.1年後に姉妹編『逆引き広辞苑』を刊行,新たなCD-ROM,電子ブックとともに『広辞苑』活用の幅をひろげた. |
 |
1998年11月11日 |
 |
| 旧版から7年目の全面改訂.現代生活に必須の項目1万を厳選して新収し,総項目数は23万余.現代語と百科項目を飛躍的に充実.CD-ROM版も同時刊行した.2001年には携帯電話での利用を可能にし,急成長した電子辞書とともに,『広辞苑』活用の幅がひろがる. |
 |
2008年1月11日 |
 |
| 全項目を再検討し,新たに1万項目を収録.総収録項目数は24万を超える.新しい意味や用法の広がりを的確に捉え,現代の急速な社会の変動やさまざまな分野での研究の進展,科学技術の進歩に伴って生じた新しい動きを反映.「漢字・難読語一覧」「アルファベット略語」などの別冊付録も充実.印刷・造本上の新工夫も随所に.50年余にわたって読者の信頼を得てきた『広辞苑』,10年ぶりの最新版. |
 |
| 新村出先生が「普遍的にしてかつ軽便な中型国語辞書」として編纂され,1935年(昭和10)に博文館から刊行された. |
 |
| 『辞苑』の本扉と本文 |
 |
| 表紙クロスは青く背に浮き出し模様を付し,見返しは明るい灰色の地,本扉にはえんじ色の文字を配する.カバーの黒地に白抜きのデザインまで,初版から踏襲されている. |
 |
| 『広辞苑』初版 |
 |
| 『広辞苑』の全項目を,その見出し仮名を逆に読んだ場合の50音順に排列したユニークな辞典.通常の排列では見えにくい日本語のさまざまな側面が,逆排列によってはっきり現れる.第四版・第五版に対応. |
|