民意をさらに歪める比例区定数削減

小林良彰


●これは「改悪」である
 衆議院の選挙制度が、さらに民意を反映させにくいものに変わることになった。そもそも96年衆院選を行った結果、小選挙区制を中心とする並立制の問題点が明らかになったために、選挙制度を見直すために改正論議が起きたはずであった。しかし、出てきた結論は比例区の定数のみを減らし、その結果、問題点の多い小選挙区制の比率を現行よりも増やすというものである。
 ここではっきりとさせなければならないことは、そもそも有権者にとって、並立制のメリットとデメリットが何であり、またその原因がどこにあるのかということである。つまり、もし比例区に由来する問題が多いのであれば、比例区の定数を削減する必要がある。これに対して、小選挙区に起因する問題が多いのであれば、小選挙区の定数こそ削減する必要がある。したがって、今回の比例区のみの定数を削減するという決定が正しいのか、あるいは間違っているのかを考えるためには、もう一度、原点に帰って、並立制の問題がどこから生じているのかを検討する必要がある。

●並立制を検証する
 まず、日本に並立制が導入された際に、当初、幾つかのメリットがあると一部の人達が主張したことが正しかったのかどうかを考えてみることにしたい。
 第一に、派閥争いがなくなり、政治がきれいになる、あるいは金がかからなくなるという主張があった。しかし、候補者の決定をめぐり、派閥争いが内部化する恐れがある。以前は、有権者が同じ政党内のハト派議員がいいのか、あるいはタカ派議員がいいのかということを選ぶことができた。その意味では、従来はオープンな派閥争いであったのが、並立制においては、政党幹部の候補者決定をめぐるクローズな派閥争いに変わってしまった。こうなると、特定政党の候補者になれば当選確実な地域も多いため、政治家の顔が党幹部の方を向き、有権者が軽視される可能性がある。
 第二に、政権交代が可能だから並立制がいいという主張があった。しかし、これは全く大きな御世話である。政権交代を起こしたいかどうかを決めるのは有権者である。肝心なことは、有権者が政権交代をおこしたいときには起き、起こしたくないときには起きないような選挙制度を作ることである。つまり、民意を正しく反映するような選挙制度であり、並立制はそれから大きく離れた制度であるといわざるを得ない。
 第三に、小選挙区制は二大政党となり、安定政権を作りやすいという主張があった。しかし、安定した政党制、つまり一党優位体制を望むのか、あるいは連合政権を望むのかを決めるのは有権者である。その意味で、有権者がある党に40%の議席を取らせたいと思えば40%の議席が取れ、60%の議席を取らせたいと思えば60%の議席が取れるような選挙制度、つまり有権者の民意をそのまま忠実に反映する選挙制度こそが望ましいのではないであろうか。
 第四に、政策本位の選挙が行われるという主張があった。しかし、並立制は、参議院の選挙制度とかなり似ているものである。今の参議院は比例代表と選挙区選挙で行われており、この選挙区選挙のかなりの部分が1人区、つまり小選挙区である。それでは一体、これまでの参議院選挙は政策本位の選挙が行われてきたのであろうか。確かに89年の参議院選挙は消費税という政策で争われた。しかし、その半年後の90年中選挙区制で行われた衆議院選挙も同様の政策で争われた。このように考えてみると、並立案であるかないかということ、すなわち選挙制度の問題と政策本位の選挙になるかどうかということは無関係なのではないだろうか。ちなみに、92年、95年、98年に行われた参議院選挙において、政策論争が行われたとは言い難いのではないか。
 第五に、定数是正が行われていいという主張があった。確かに、かつての1対3を越える違憲状態から比べればいいといえるが、それにしても1対2.4というのは不十分な定数是正である。また、定数是正は並立案とは関係なく、切り離してできることなのである。
 第六に、政党の派閥が解消されるという主張があるが、これは現実には不可能であり、候補者決定をめぐり派閥争いの内在化が進むだけであった。このことは各党の党首選挙を見ても明らかである。
 第七に、議席の定数が減るという主張があったが、これも並立案とは何の関係もなく、他のいかなる選挙制度案においても議席の定数を減らすことは可能である。
 第八に、小選挙区で落選した優秀な議員を比例区で当選させられるという主張があったるが、これも並立案でなくても可能である。
 第九に、中小政党を救えるという主張があったが、これは全くの誤解なのではないだろうか。並立案に比べれば、併用案や比例代表制の方が中小政党を救えるのは明かである。
こうように、当初、考えられていた並立制のメリットが事実とは異なることが明らかになったわけである。

●現実に生じた並立制のデメリット
 さて、96年に並立制による衆議院選挙が実施され、当初より指摘されていた様々なデメリットが現実のものとなった。次に、この問題をみてみることにしたい。
 第一に、民意を反映しなかった。具体的には、各政党が獲得した得票率と議席率の間に大きな乖離がみられた。例えば、自民党は並立制の内の小選挙区制で38.6%の得票率しか得ていないのに56.3%の議席を得ている。つまり、小選挙区分においては、自民党は過半数に達しない得票率で過半数の議席を得ているわけである。さらに新進党も、得票率以上の議席率を得ている。つまり、大政党ほど得票に比して多い議席を獲得し、小政党ほど少ない議席を得ていることがわかる。言うまでもなく、このデメリットは小選挙区に起因する。
 第二に、投票率の低下がみられた。96年の選挙では、衆議院選挙史上、最低の投票率を記録した。何故ならば、各小選挙区についてみると、選挙前に行われたマス・メディアの予測で「55対45」と言われると、翌日には「45」と言われた候補者についていた企業や支持者が「55」と言われた方の候補者の支持に変わり、結果として「60対40」となり、次第に「65対35」、「70対30」・・と雪崩現象が起きていた。いわゆるバンドワゴン効果である。このため、選挙前日には明らかに当選者が判明している小選挙区が多くなり、「選挙に言っても仕方がない」と判断した有権者が多かったのである。
このデメリットも、小選挙区に起因する。
 第三に、政策論争が起きなかった。96年の選挙が、何を争点にして争われたのか、誰にもわからない。それほどに、政策論争が起きなかった。何故ならば、小選挙区制においては、保守的な右寄りの政策を打ち出せば、中道とリベラルな左寄りの有権者の票を得られず、落選する。逆に、左寄りの政策を打ち出せば、中道と右寄りの有権者の票を得られず、これまた落選することになる。したがって、誰もが中道の政策を打ち出したために、候補者間の政策論争が起きなかったわけである。このデメリットも、小選挙区に起因する。
 第四に、重複立候補の問題があらためて明らかになった。これは、並立制を導入した際に、同一の候補者が小選挙区と比例代表の双方に立候補できるようにしたために、各地で奇妙な現象が起きることになった。具体的には、小選挙区で落選した議員が政党の比例代表名簿の上位にランクされている場合には、比例代表で当選することになる。このため、小選挙区選挙の結果、1位と4位になった候補者が当選し、2位と3位になった候補者が落選するという逆転現象が起きた。つまり、小選挙区の1位候補者は小選挙区制で当選となり、4位だけれども所属政党が作成した比例代表リストでは上位にランクされた候補者が当選した。一方、小選挙区では2位と3位になったが、所属政党の比例代表リストでは会にランクされた候補者やそもそも重複立候補しなかった候補者は落選したわけである。
有権者からみると、何故、2位が落ちて4位が当選するのかが、理屈はわかっても民意の反映とは言い難い現象であった。このデメリットは、小選挙区制と比例区の組み合わせに起因する。

●問題の多い小選挙区制
 結局、第一から第三までの問題点は小選挙区制が原因となっており、第四の問題点は候補者擁立の仕組みから生じている。いずれにしろ、こうした問題点の多い小選挙区から選出される議員の比率をさらに多くすることにつながる「改革」が何故、行われるのであろうか。今回の決定に限らず、ここ数年、日本の政党や政治家は、「政治改革」という名の下に、選挙制度改革を行ってきた。しかし、現実には、有権者にとって、日本の政治の何かが良くなったという実感はない。むしろ、政党や政治家が、ますます、われわれ有権者から遠い存在となっていくようにしか思えない。
 こうした兆候は、すでに各種世論調査にみられている。例えば、選挙に出馬する各政党の候補者をどうやって決めるべきかを世論調査で尋ねてみると、従来のように「政党の執行部が決めた方がいい」という回答は18%に過ぎず、「予備選を行って有権者の手で決めさせて欲しい」という意見が69%に達している。また、日本の政策を誰が作るべきかについても、「政治家が行うべき」というのは14%にとどまり、「国民投票や住民投票によって有権者が直接、決めるべき」という意見が81%に及んでいる。
 つまり、有権者は間接代議制を越えて、直接民主制に魅力を感じていると言っても過言ではないであろう。しかし、だからといって、現実には、一億人近い有権者全員が集まって議論することは、物理的にも不可能である。このため、有権者の声を代弁する政党や政治家の存在は必要になる。問題は、今の日本に現実に存在する政党や政治家が、そうした政党や政治家の本来の機能を果たしているのかどうかである。そして、日本の政党や政治家が、政治に対する有権者の不満に気づきながら、結局は、次の選挙における自分の当選のことしか考えていないことを、有権者は見通しているのである。
 そもそも、民主主義とは私たち有権者が自分達で自分達を治める政治制度である。だから、民主主義においては有権者の選好をそのまま反映させる制度が必要となる。しかし、今の衆議院の選挙制度は、有権者の政治に対する願いを国政に反映させる仕組みなのであろうか。言い換えると、私たちが、国の政治に対して、どれほど民意を伝えることができているのであろうか。
並立制における小選挙区の比率を高めるという決定が、有権者と国政の間の距離をさらに拡げることにならないことを願うばかりである。

こばやし・よしあき 慶應大学教授


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