21世紀のマニフェスト

脱「パラサイト・ナショナリズム」

石田英敬/鵜飼 哲/小森陽一/高橋哲哉


 1990年代半ばから今日にかけて日本では為政者・メディア・国民すべてを巻き込んだ新しいナショナリズムの動きが台頭した。
 このネオナショナリズムは、1.日本の戦争責任と植民地支配を否認する歴史修正主義 2.覇権国アメリカ二世自適軍事的に寄生従属するナショナリズム 3.天皇制を核とする「象徴の政治」 4.ポピュリズム的手法による排外主義の煽動などを主たる位相としている。
 そもそもナショナリズムは「国民-国家」という近代のグローバルスタンダードの普遍的な産物であり、「国家意思」「支配」「シンボルの強制」「民族・人種差別」という項目に関わる、共通の文法を持っている。 21世紀の世界における日本の国民国家を展望するとき、ナショナリズムを理性的に統御することなしに、真に政治的な秩序の構築はない。
 その意味で、2000年の現在、首相が「神の国」という発言をすることは、首相個人の資質に還元されえない問題である。戦後から50年にわたる冷戦構造の中で、この「神の国」イデオロギーは、日本において確実に命脈を保ち続けたのだ。 「神の国」イデオロギーとしてのナショナリズム、それは日本が近代国民国家として誕生したときからつきまとう病「パラサイト・ナショナリズム」である。
 覇権大国には嫉妬羨望を持ちながら、大国間の力関係の間に漂いつつ富国強兵し、「近代化」に遅れたと規定した周辺国に対しては尊大で居丈高な囲い込み(同化)と排除(差別)を同時に発動する。これが第二次大戦に至るまでの大日本帝国の、戦後は冷戦構造に寄生した「経済大国」の姿であった。
 その末期的形態が90年代のネオナショナリズム、すなわち官民一体のパラサイト・鎖国ナショナリズムだ。長年の病を克服するためにいま21世紀的開国が迫られている。


石田英敬 東京大学大学院総合文化研究科教授。言語情報学・記号論。1953年生まれ。著訳書に『ミシェル・フーコー思考集成』など。

鵜飼 哲 一橋大学言語社会研究科教授。フランス文学・現代思想。1955年生まれ。著書に『償いのアルケオロジー』『抵抗への招待』など。

小森陽一 東京大学大学院総合文化研究科教授。近代日本文学。1953年生まれ。著書に『文体としての物語』『ゆらぎの日本文学』など。

高橋哲哉 東京大学大学院総合文化研究科助教授。哲学。1956年生まれ。著書に『記憶のエチカ』『戦後責任論』『逆光のロゴス』など。


ブラウザのBack(戻る)ボタンで、目次にお戻りください。