クリントン政権時代に生じた朝鮮半島核危機に関わった2人の人物の現状分析と提案を訳出した。
『ワシントン・ポスト』特派員として、72年に金日成にインタビューした経験を持つセリグ・ハリソンは、94年6月9日、米朝間の緊張が高まるなか、平壌を訪れて金日成と会った。当時、カーネギー国際平和財団の研究員だったハリソンは、北朝鮮が以前から関心を示していた軽水炉の提供と引き替えに核開発の凍結をしてはどうかと、打開策を提示して同意を得た。数日後に金日成と会談したカーター元大統領がまとめた基本的な合意案を交渉によって「枠組み合意」に結実させた中心人物が、ロバート・ガルーチである。「枠組み合意」に米国側首席代表として署名したのは、前年から交渉に当たっていたガルーチ国務次官補(当時)だった。
北朝鮮のウラン濃縮問題については見解を異にする2人が、核開発のこれ以上の進展や、プルトニウムの第三者への売却の危険性、日韓の核武装論の拡大などを恐れ、交渉による解決の必要性を説く。ハリソン論文は本誌への書き下ろし、ガルーチ論文は"Arms Control Today"11月号に掲載されたものである。訳・解説は田窪雅文 (ウェブサイト「核情報」主宰)。Selig Harrison ワシントンにある国際政策センターの「アジア・プログラム」ディレクター。ウッドロー・ウィルソン国際センターの上級研究者。著書に『コリアン・エンドゲーム――統一のための戦略と米国の撤退』(プリンストン大学出版部、2003年)。訪朝10回。故金日成との2度の会合のうちの1994年6月の2回目で、米国との核凍結合意という概念の支持を金日成から得て、1994年10月の「枠組み合意」への道を開いた。
Robert Gallucci ジョージタウン大学エドマンド・A・ウォルシュ外交学部学部長。1998年、国務省の弾道ミサイル及び大量破壊兵器拡散問題担当特使に任命。1991年湾岸戦争のあと、国連特別委員会の副委員長としてイラクの兵器廃棄の監督に関わる。後に、北朝鮮の核兵器計画を凍結する1994年「枠組み合意」の交渉に関わる。