2004年 第9号

リベラリズムの多義性

川崎 修

 リベラリズム・自由主義(liberalism)について考え、語ろうとする者を常に悩ませるのはそのすさまじい多義性である。 たとえば、現代のアメリカ合衆国では、政治の用語としてのリベラリズムとは政府による再配分や福祉国家的施策を支持する立場をさすことが通例であるが(こうした含意は日本語の「リベラリズム」にも時としてみられるが「自由主義」にはない)、ヨーロッパでは同様の政治的立場は社会民主主義とされる。 他方、「小さな政府」と市場経済の擁護としての「古典的」なリベラリズムは、アメリカでは「新保守主義」の経済政策とされるが、アメリカ以外の文脈では「新自由主義(neo-liberalism)」と呼ばれる。 つまり、リベラリズム・自由主義なる言葉は、保守主義や社会民主主義とも交錯しつつその意味を散乱させており、文脈抜きには意味を全く確定できないのだ。 たしかに政治の言葉とはそもそもそういうものだ。 だが、この概念の思想史的変容を多少とも概観するならば、この混沌とした多義性にもそれなりの歴史的かつ理論的な背景があることがわかる。

 ヨーロッパの一九世紀はリベラリズムの世紀であると言われるとき、そのリベラリズムとは何よりも「旧体制」の権力構造への挑戦者であった。 その「旧体制」の中核が(土地支配と結びついた)身分制であり、世俗権力としての教会であったことは言うまでもない。 自由な市場経済の擁護もこの「旧体制」との闘争の一環であった。 けれどもリベラリズムがこの闘争に勝利を収めた一九世紀末以降は、その主要な論敵はむしろ社会主義となり、保守主義と社会主義の間の中道としてのリベラリズムという観念が成立する。 しかし、社会主義との第二戦線はリベラリズムに分裂を生む。 というのも、リベラリズムには、社会主義との対立における再定義の動きだけでなく、他方では産業化とそれが生み出した社会問題に対応すべく、社会主義の主張を取り込む形で自己変容をとげる動きも現れたからである。 ニューリベラリズム(「新自由主義」はかつてはこの言葉の訳語であった)の中心的思想家ホブハウスの「自由主義的社会主義」といった表現はこの経緯を端的に示している。

 自由放任主義を捨て、政府による市場経済への介入と再配分を積極的に認めるこの新しいリベラリズムは、福祉国家の基礎づけと制度設計に大きな役割を果たしたが、やがてイギリスを含めてヨーロッパでは政治勢力としては無力化し、むしろ改良主義的な社会民主主義勢力がこのリベラリズムと社会主義の融合を実質的に担うことになる。 他方、アメリカではこの新しいリベラリズムこそが二〇世紀のリベラリズムの主流になる。 しかし、この新しいリベラリズムの登場は、反射的に、反社会主義としてのリベラリズムに新たな意味内容を与えることとなる。 ハイエクに典型的なように、市場経済と所有権の絶対的な擁護の立場から、福祉国家をソ連型社会主義と結びつけて批判する、保守主義的なリベラリズムが成立する。 このリベラリズムは、一九八〇年代以降にいわゆる「新自由主義」として世界的な流行を見るが、一見一九世紀の「古典的」リベラリズムの復活と見えるこの立場は、もはや「旧体制」との対決ではなく、二〇世紀のリベラリズムないし社会民主主義との対決において結晶化したということに注意すべきであろう。

 二〇世紀後半の「西側先進諸国」においては、ヨーロッパにおけるように保守主義対社会民主主義の対抗図式の背景に隠れるか、アメリカにおけるようにそれ自体が前面に出るかはともかくも、リベラリズムこそが政治的スペクトルの基調を決定してきた。 そしてその中で、大まかに言えば、いわゆる「福祉国家コンセンサス」から二〇世紀末に「新自由主義」へと軸足が移動したということができるだろう。 冒頭に示したリベラリズムの多様な用法も、このスペクトルのどこかにその位置を有している。 つまり、リベラリズムの内部の多様性と対立とは、裏を返せばリベラリズムへのコンセンサスの現れでもあるのだ。

 とはいえ、この広義での「リベラル・コンセンサス」は、リベラリズム対「左右の全体主義」(ファシズム・ナチズムと共産主義)という二〇世紀を規定したより大きな対立軸の中で成立したものである。 そしてファシズム・ナチズムの崩壊の後は、リベラリズムは、もっぱら社会主義革命との対決、冷戦に規定されることになる。 封建制と社会主義という敵の自国内における不在をもってアメリカのリベラリズムを特徴づけ、そのリベラリズムへのアメリカ社会の画一主義的なコンセンサスを強調したL・ハーツの『アメリカ自由主義の伝統』が、冷戦とマッカーシズムを背景に書かれたことは象徴的である。 しかし冷戦の対立軸のみが強調されるならば、リベラリズムとは反共主義以外のものではなくなる。 かくして人権の擁護にも経済活動の自由にも敵対的な政治勢力さえ反共主義の一点で「自由主義」の名で呼ばれるというシニカルな用法も成り立つことになる。

 従って、西側における社会主義革命の脅威の消滅と何よりもソ連の崩壊は、この「リベラル・コンセンサス」の外枠の消滅を意味する。 一世を風靡した「歴史の終焉」論は、このことをまさにリベラリズムの最終的な勝利と意味づけた。 あたかもハーツの描いたアメリカが地球大になったかのように。 だが今日、リベラリズムはそれほど自信に満ち、盤石なものと言えるだろうか。 一方で「外枠」の消滅は、リベラリズムの内部において、対立と分裂のダイナミズムを進行させうる。 他方でリベラリズムは、新たな外部、新たな外部、新たな「敵」との対抗軸を見出して、その内実を変えるかもしれない。 そして、これらの兆候は現れているようにも思われる。 このことに関連して、二つの事柄を指摘しておきたい。

 本稿ではこれまで、リベラリズムの展開を、経済活動への政府の介入、再配分の是非をめぐる問題を中心に紹介してきた。 もちろん、財産権や経済的自由の擁護だけでなく、信仰や思想・表現の自由といった精神的自由の擁護もリベラリズムの重要な要素であることは言うまでもない。 けれどもニューリベラリズムからロールズに至るまで、一九世紀末以来のリベラリズムをめぐる論争の中心が、長らく前者にあったことも確かであろう。 しかし今日、リベラリズムをめぐる対立の中心はむしろ非経済的なイシューへ移ったかのようにも見える。 近年のアメリカでの「リベラル」への非難は、「大きな政府」に対してだけでなく、文化的・道徳的な問題に関する「行き過ぎた寛大さ」に対して向けられていることは周知のことであろう。 他方でフェミニズムや多文化主義からリベラリズムへの批判もまた、文化的・道徳的イシューの政治性をリベラリズムが十分に考慮していないということに向けられている。 近年の政治哲学における論争の焦点もこうした問題に移ってきている。 人々の生き方の多様性を積極的に容認しようとする立場と抑制しようとする立場の双方からの攻撃に、リベラリズムはどう答えうるのか。 たしかに、文化的・道徳的対立として語られる事柄の背後には経済的な対立があることも少なくなく、言説の変化を常に額面通り受け取るのは早計かもしれない。 けれども、この言説の変化自体が従来の「コンセンサス」をゆるがすこともありうるだろう。

 第二の問題は、リベラリズムが制度化できるための社会的前提条件をめぐる問題である。 リベラリズムをどう定義するにせよ、それが公権力の活動範囲を限定し、個人や中間集団の活動の自由を確保することを重んじる思想だということに異論はないだろう。 しかし、そのことが制度として実現可能であるためには、社会が公権力の介入に頼らずに自らある程度の秩序を形成できるということが前提条件となる。 古典的な例を使うならば、ホッブズ的自然状態ではなくロック的自然状態を前提にしてこそ、リベラリズムは可能となる。 新自由主義が流行する時代に「(グッド)ガヴァナンス」という言葉が呪文のように唱えられるのには十分な理由があるのだ。 もちろん、自律する社会や自律する個人こそがリベラリズムの前提だというのは目新しい指摘ではない。 またそこには社会の自律と個人の自律の間の対立可能性という問題、さらにはそもそも社会の自律とは、そして何よりも個人の自律とは何を意味するのかというきわめて困難で論争的な問題が存在している。 (先述のリベラリズムに関する非経済的イシューをめぐる対立は、自由であるべき個人とは何かをめぐる論争として見ることができる。) しかし、ここではそのことには触れない。 問題は、「自律できない」社会・「自律できない」個人を前にしたとき、リベラリズムに何ができるのかということである。 彼らを「自律」へと支援ないしは強制するのか(その境界は曖昧だ)。 それとも、ロック的秩序の外側にはホッブズ的自然状態があり、それ故に「内側」の「セキュリティ」を守るためには別のルールが必要だと割り切るのか。 百年前のニューリベラリズムが気づいていたように、「社会問題」と国際関係は今なおリベラリズムのアキレス腱であり続けている。


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