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2007年 第3号 | |
広田 照幸
教育学が、他の学問分野との間で共有する言葉を失うようになってから久しい。1950-60年代には、この『思想』誌でも教育学のアクチュアルな課題を原理的に論じた論考がよく掲載されたが、その後はほとんどみかけなくなった。教育学関係の学会は今では70以上もあるというし、教育学関係の雑誌もたくさんの種類が出ている。だが、社会科学・人文科学の一分野として考えると、教育学は閉鎖的で、その水準もはなはだ心寒いものがある。どうしてこうなってしまったのだろうか。
ここで論じたいのは、今の教育学が全体として、冷戦期に背負い込んでしまった学問的負債の清算に苦しんでいるという点である。
重要なポイントの一つは、1950年代以降、教育学の主流の研究者が野党的な政治的ポジションに「隔離」されていったことである。戦後改革の初期には、東大の教育学の教員などが、重要な制度構築に関わっていた。しかし、50年前後からの、いわゆる「逆コース」以降は、政策決定過程から外れていき、与党の政策策定過程において影響力を持つことはまれになった。
革新側にシンパシーをもつ研究者が多いのは、何も教育学に限ったことではなかった。しかし、教育学の場合、革新的な運動と切り離せない形でしか研究が深まっていかなかったことが、ある意味で不幸であった。教育運動の拡大や教育実践の組み換えにつながるような研究が望ましいとされ、政治的(運動的)効果と学問的意義との峻別が不十分だった点が、おそらくあった。
もう一つのポイントは、にもかかわらず、教育学が、政治からも経済からも距離をおいた地点に学問的な基盤を据えようとした点である。教育の政治的中立と教員の政治的活動の制限に関する、いわゆる「教育二法」問題(1953-54年)以降、教育学者は、教育運動や教育実践を組み立てる理論や概念から、露骨な政治性を注意深く取り除くことに腐心するようになった。たとえば、50年代半ばからの「国民教育運動」(『思想』誌でも55年8月号で「国民教育」の特集を組んでいる)という名称や論理は、政治性を隠蔽するためのある種の便法であったように思われる。すなわち、階級的な対立図式ではなく、「国家教育対国民教育」という図式によって、国家の統制に抵抗し、不平等を改善させていこうとするものだった。
経済発展に向けた教育計画の立案と政策化が進む1960年代には、教育学の主流は、「能力主義」を批判し「差別・選別教育」を指弾する形で、政策批判を展開した。そこでの論理は、「本来の教育は経済にはなじまない」というものだった。
政治的な色合いを表面から消し、経済と教育との関わりを拒否する形で、教育学の中心的な理論は組み立てられることになったのである。教育学固有の理論から基盤とする価値を導出し、そこから現実の教育政策や教育制度を批判する、というやり方である。それは、今の時点からふり返ってみると、政権党による政治的な教育統制や経済政策に教育が無批判に従属していくことを拒否するためには、かなり有効なやり方であった。現実的な政治的感覚を持った教育学者による、戦略的に考え抜かれた対応であったように思われるのである。その後は、そうした大きな理論枠組みを多かれ少なかれ共有した個別研究が積み上げられていった。教育運動や教育実践を方向づける理論的根拠を与えることにもなった。
かくして、1970-80年代の教育学は、「地域の人たちの教育要求」「人権としての教育権」「発達」「子ども自身の声」……といった、議論を組み立てるためのさまざまな教育学独自の足場をもつことになった。
しかしながら、教育学の理論的基盤が、他の学問分野から自律した地点に形成されたこと、あるべき教育を語る足場を政治や経済から距離をとった地点に据えたことの代償も、また大きかった。
第一に、他の分野との交流が不活発な状態がずっと続くことになったことである。「教育的価値」や「教育学的意義」は、他の分野の研究者にはなかなか理解されない。細かな研究の発展によって独自の概念や図式が積み重なれば積み重なるほど、隣接諸領域との間の「言葉」の違いによる溝が深くなっていった。
第二に、教育学の実証的な分析能力が十分発展しない弊害ももたらした。「教育固有の価値」という足場に依拠すれば、教育政策や経済システムとの関係を批判することはたやすかった。思考を停止したまま、「子ども自身の声に耳を傾けない教育政策」「発達を歪める学歴競争」などと、現実の問題をいくらでも批判できたため、制度構築や政策提言につながるような、きちんとした実証的な現状分析が甘くなってしまったのである。
第三に、1980-90年代のイデオロギー状況の変化によって、それまでの足場が危機になった時、それを組み替える材料や視点の乏しさに苦労することになった。ポストモダン論の台頭によってナイーヴな普遍主義への信頼が崩れた時、「人権」や「発達」に足場を据えた教育学は、懐疑にさらされることになった。「地域の人」や「子ども自身の声」に批判の足場をおく議論は、新自由主義が力を得てくるにつれ、欲望に満ちた消費主体の要求との区別が困難な事態に立ち至った。
昨年から、私は、多くの中堅・若手研究者とともに、「グローバル化・ポスト産業化社会における教育社会学の理論的基盤の再構築に関する研究」という共同研究を始めた(日本学術振興会科学研究費補助金、基盤研究B、課題番号:18830176)。理論的足場がぐずぐずになってしまった教育学の一隅にいる者としての危機感から、政治や経済の変化に対応して理論を再構築するための足場を模索するプロジェクトである。諸社会科学と教育学との対話の糸口を探すとともに、政治や経済と教育とをつなぐ思考の枠組みを探していきたいと思っている。
1947年に作られた教育基本法は2006年暮れに改正され、戦後長らく機会均等を保障してきた義務教育システムも、大きな転換を余儀なくされそうである。現実の教育が戦後改革期と冷戦期を経て作られたシステムを清算する方向に動いているとすると、研究の枠組みもまた、新しい段階にリニューアルすることが必要である。教育学は、急いで理論の足場を組み替えていく必要がある。批判的精神を失わないためにも。