詩人・菅原道真

うつしの美学

「うつし」という概念により菅原道真の軌跡と作品を考察し,「モダニスト」としての道真像を浮き彫りにする.

詩人・菅原道真
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著者 大岡 信
通し番号 文芸136
ジャンル 書籍 > 岩波現代文庫 > 文芸
日本十進分類 > 文学
刊行日 2008/06/17
ISBN 9784006021368
Cコード 0195
体裁 A6 ・ 並製 ・ カバー ・ 214頁
定価 本体900円+税
在庫 在庫あり
平安朝最高の漢詩人であった菅原道真.彼の事績に古代日本における外国文化の移入と,それをさらに高次の価値へと結晶させようとする文化的営為を見る.「写す・映す・移す」という意味を含む「うつし」という概念によって道真の軌跡と作品を考察し,「モダニスト」としての道真像を浮き彫りにして,現代文化のあり方をも問う力作.

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現代の日本で「菅原道真」というと,まず「学問の神様」「天神様」のイメージが思い浮かぶのではないてしょうか.
 菅原道真(845-903)は平安前期の学者であり政治家でした.文章生の出身で,宇多天皇の信任を得,参議など数々の顕職を歴任, 894年には遣唐使にも任ぜられ(後年その廃止を建言), 899年醍醐天皇のもとで右大臣になりました.しかし,時の左大臣であった藤原時平の策略により太宰府に流されその地で没しました.その後時平や皇太子の死,内裏の落雷などが続き,道真の怨霊の仕業と考えられたため,「天満大自在天神」として安楽寺(太宰府天満宮)や洛北の北野天満宮に祀られたのは周知の通りです.その事績に題材をとった「菅原伝授手習鑑」は歌舞伎の名作として今日人気演目となっています.
 しかし,著者の大岡信さんは本書で,上記のように作り上げられた道真像により,かえって「平安朝における最高の漢詩人」であったという彼の本質的な側面が忘れ去られることになったと指摘しています.
 本書は日本文化の本質を,「写す・映す・移す」という意味を含む「うつし」という概念でとらえ,外国からの文化移入や,それをさらに高次の概念へと結晶させようとする文化的営為について考察しています.
 著者は「うつし」という概念の根本には「移す」という行動的理念がそなわっており,日本文化はここに高い価値を見いだす傾向を持っていたといいます.その代表的な例として,中国文化の日本への移入が盛んであった平安時代中期に生きた菅原道真の漢詩文を考察の対象にして,彼の足跡をおいながら,作品の評釈を試みています.
 具体的には川口久雄校注『菅家文章 菅家後集』(岩波日本古典文学大系所収)に収められた道真の漢詩について,和歌と漢詩の交流,紀貫之との関係,白楽天の唐詩の世界や万葉歌人・山上憶良の作品との比較などを試みながら評釈しています.そして,近代日本文化が直面したのと同一の問題――外国からの文化移入と,それをさらに高次の概念へと結晶させようとする文化的営為――に自覚的に取り組んだ「モダニスト」としての菅原道真像を浮き彫りにしていきます.

彼の残した堂々たる詩の数々を読むと,少なくとも私はそこに,力強い構築性をもった叙事的精神が,まさにそれあるがゆえに湧きたたすことのできた彼自身の内面の抒情的な叫びと,切っても切れない有機的なつながりにおいて詩的ユニティを形づくっているさまに,うたれずにはいられないのです.
(本書 197頁)

 大岡さんによれば,現代詩が短歌とも俳句とも違った別の詩的構築の世界を目指すものであるとするならば,どのような問題について真剣に考えなければならないか,道真の漢詩はその大切な問題点を暗示しているといいます.この意味で「菅原道真はわれらの同時代の詩人なのだと,私は言いたい」.
 本書は大岡さんの『紀貫之』『うたげと孤心』に連なる日本詩歌論です.「漢詩文ならぬ西洋の詩文への崇拝,憧憬,模倣のくりかえしの中で,近代日本語による詩歌のフォルムを創造すべく努めてきた私たちの近代以後の詩歌にも,少なからぬ道真がいたし,また貫之がいたのではなかったか」という思いが,こうした一貫した主題を追った日本詩歌論を書かせてきた,と「あとがき」に記して本書が結ばれます.
(T・H)
本書は1989年8月30日岩波書店より刊行された.初出は『へるめす』11(1987.6)~15(1988.6)号.

大岡 信(おおおか まこと)
1931年静岡県に生まれる.53年東京大学文学部卒業.詩人.主な詩集に『記憶と現在』『悲歌と祝祷』『春 少女に』『水府』『ぬばたまの夜,天の掃除器せまつてくる』(全て『大岡信全詩集』思潮社に収録)など,著書に『日本の詩歌』『古典を読む 万葉集』(以上岩波現代文庫),『折々のうた』(全21巻)『詩への架橋』(以上岩波新書)などがある.
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