福島から問う教育と命

原発事故は,福島県の学校や子どもに何をもたらしたか.いま教育にできることは.3.11後の教育の意味を問う.

福島から問う教育と命
著者 中村 晋 , 大森 直樹
通し番号 879
ジャンル 書籍 > 岩波ブックレット
日本十進分類 > 社会科学
刊行日 2013/08/02
ISBN 9784002708799
Cコード 0336
体裁 A5 ・ 並製 ・ 72頁
在庫 品切れ
東京電力福島第一原発の事故は,福島県の学校や子どもたちに深刻な影響を及ぼした.学校の臨時移転・休業,生徒たちの避難や転校,放射能への不安と向き合う日常…….こうした状況を子どもたちはどう受け止めているのか.そして,いま教育は何をすべきか.福島の高校教員と,現地調査を続ける教育学者が根本から問いかける.

■編集部からのメッセージ

 東日本大震災の発生から2カ月が過ぎた2011年5月27日,『朝日新聞』の読者投稿欄「声」に福島県の高校教師の投稿が掲載され,大きな反響を呼びました.「福島の高校生の絶望聞いて」と題するその文章は,福島県の定時制高校の生徒の声を伝えるものでした.その一部をここに引用します.
*    *    *
 ある授業で少し原発のことに触れた.「三号機が不調のようだね」と言うと,4年の男子生徒が怒ったようにこう言った.「いっそのこと原発なんて全部爆発しちまえばいいんだ!」
 内心ぎょっとしつつ,理由を聞いた.彼いわく「だってさあ,先生,福島市ってこんなに放射能が高いのに避難区域にならないっていうの,おかしいべした(でしょう).これって,福島とか郡山を避難区域にしたら,新幹線を止めなくちゃなんねえ,高速を止めなくちゃなんねえって,要するに経済が回らなくなるから避難させねえってことだべ.つまり,俺たちは経済活動の犠牲になって見殺しにされてるってことだべした.俺はこんな中途半端な状態は我慢できねえ.だったらもう一回ドカンとなっちまった方がすっきりする」とのことだった.(中略)
 こういう声に一教師として応える言葉がない.ぐっとこらえながら耳を澄まし,高校生にこんな絶望感を与えている政府に対する憤りを覚えるばかりだ.
*    *    *
 これを投稿したのが,本書の著者の一人,中村晋さんです.そして,この中村さんの文章に注目し,中村さんと連絡をとり,交流を深めてきたのが,もう一人の著者,東京学芸大学准教授の大森直樹さんです.大森さんは,教育学者として,震災後,福島を含む東北の被災地の学校や子どもの状況について丹念に現地調査を続けてきました.
 本書は,こうしたお二人が,原発震災が福島の学校や子どもたちに何をもたらしたのか,そして,教育に何ができるか,何をすべきか,について真剣に考えたものです.
 第1章では,福島の高校で教鞭をとる中村さんが,震災以降の学校現場の状況,子どもたちが原発震災をどう受け止め,どう感じているのか,などをご自身の経験をもとに伝えます.学校現場や子どもたちの視点に立つことで,政治や教育行政の矛盾,日本社会のひずみなどが浮き彫りにされます.中村さんは,金子兜太氏に師事する俳人でもあり,本章にも,ご自身がその時々の思いをつづった俳句や短歌が挿入されています.
 第2章では,大森さんが,図やデータなどを駆使しながら,震災後の福島県内の学校や子ども,教員がどのような困難に直面してきたか(しているか)について,報告します.避難区域となった地域の学校の臨時移転・休業,生徒たちの避難や転校,教員の過重な人事発令や異動…….ここでも政治や教育行政の問題性が浮き彫りにされます.
 大地震,大津波,そして原発事故という未曽有の体験は,いまでも福島の学校や子どもたちに深い傷を残しています.にもかかわらず,そのことに目をつぶり「何事もなかった」かのように,元に戻そうとする流れが,学校現場にも浸透してきているようです.このことがはたして,子どもたちに有効なのか.教育は何のためにあるのか.こうした問いは,福島の中だけで,あるいは,学校の中だけでなされるものではなく,日本全体が真剣に向き合うべきものだと感じます.
 人間が人間らしく生きるための教育とは何か.お二人の問いかけに,多くの方が関心をもち,本書を手にとっていただけることを望みます.
(編集部・田中宏幸)
中村 晋(なかむら・すすむ)
1967年生まれ.東北大学文学部文学科中国文学専攻卒業.宮城県の高校教諭を経て,現在福島市内の県立高校に勤務.
1995年より俳句を作り始め,今に至る.俳誌『海程』(金子兜太主宰)同人.2005年福島県文学賞俳句部門正賞受賞.2009年海程新人賞受賞.2013年海程会賞受賞.朝日新聞「声」に投稿するほか,「福島から問う『教育と命』」(『世界』2012年4月号),「福島の教室で見つめてきたこと――3.11前と後の俳句から」(『ヒューマンライツ』2013年3月)などを執筆.
大森直樹(おおもり・なおき)
1965年東京生まれ.東京都立大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学.現在,東京学芸大学教育実践研究支援センター准教授.専攻は,教育学,教育史.
著書に『大震災でわかった学校の大問題――被災地の教室からの提言』(小学館,2011年),編著書に『子どもたちとの七万三千日――教師の生き方と学校の風景』(東京学芸大学出版会,2010年),『資料集 東日本大震災と教育界――法規・提言・記録・声』(明石書店,2013年),論文に「『一人の人間もきりすてない学校』の条件とは――自民・民主・維新の教育政策を検証する」(『世界』2012年6月号)など.

書評情報

教育と文化 75号(2014年4月)
しんぶん赤旗 2013年12月21日
俳句 2013年10月号
ウリ 88号(2013年9月27日)
月刊ヒューマンライツ 2013年9月号
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