パサージュ論 第4巻

産業と技術の進展によってユートピアは訪れるのか.進歩思想と一線を画すベンヤミンの世界.

パサージュ論 第4巻
著者 ヴァルター・ベンヤミン , 今村 仁司 , 三島 憲一 他訳
通し番号 学術104
ジャンル 書籍 > 岩波現代文庫 > 学術
日本十進分類 > 哲学/心理学/宗教
刊行日 2003/09/17
ISBN 9784006001049
Cコード 0110
体裁 A6 ・ 並製 ・ カバー ・ 418頁
在庫 品切れ
産業と技術の進展によってユートピアは訪れるのか.初期社会主義者の思想に独自の光をあてて救出する「サン=シモン,鉄道」「フーリエ」,商品生産や価値理論を取り上げて人間と労働の意味を考察する「マルクス」,技術がもたらした社会変容を論じる「写真」などの断章項目を収録.進歩思想と一線を画すベンヤミンの世界.


■内容紹介
 『パサージュ論第4巻』には,サン=シモン,フーリエ,マルクスという社会主義者の名前の断章項目があります.最初の二人は空想的社会主義者といわれてきました.「空想的」といっても「ユートピア的」ということですが,それに対して「科学的」を標榜したマルクスやエンゲルスの社会主義が特に日本では重要な研究対象とされ,ある時期までマルクス主義の影響はあらゆる分野に及んだのはご承知のとおりです.20世紀は科学的社会主義のもとに実際に国家がつくられましたが,ソビエト連邦が崩壊して社会主義国はほとんどなくなりました.しかし,「科学的社会主義」とはとてもいえない社会主義国がまだ健在です.いっとき「地上の楽園」とまでいわれたようですが,もちろん「空想(ユートピア)的社会主義」ではないようで,「妄想的社会主義」といったところでしょうか.
 さて,エンゲルスの批判もあり,「ユートピア的」が「空想的」として流通したため,日本では軽んじられてきたともいわれる初期社会主義者ですが,ベンヤミンはサン=シモンとフーリエに着目しました.歴史的には実現することがなかった思想に光をあてたいということもあったのでしょう.現在の資本主義は都合のいいものはなんでも呑み込んでしまう融通無碍なシステムになっていて,社会主義的な要素も相当とりこまれています.19世紀の資本主義には今日のシステムの基盤があり,また,社会主義の主張・運動と交錯しながら展開していった局面をベンヤミンは見据えていたのでしょう.
 サン=シモンの思想が空想的社会主義といわれたのはアンファンタンらその弟子筋の人たちが思想を発展させたことが大きいようですが,本人は徹底した産業主義者であったようです.産業主義といっても今日の大工業による産業ではなく,彼のいう産業者とは当時の農業者,製造業者,商人などいわゆるブルジョワでした.しかし,鉄道という新しい巨大産業には早くからその可能性をみていたようです.サン=シモンとフーリエの先見性について次のような引用があります.
「ブルジョワは資産を管理し,しかも実際に工場や商会の所有者だった.ところが鉄道は巨大な資本を必要とし,ごく数人の手に蓄積されている資本では不可能だった.そのためにブルジョワの大多数が,……寵愛する資産を,ほとんど名も知らぬ人々に委ねざるをえなくなった.……こうした(財産所有の)形式は,ブルジョワがそれまで知っていたものとひどく異なるものであり,その形式を支持したのは社会秩序を覆そうとしていると噂された人々,つまり社会主義者たちだけだった.フーリエがまず最初に,そしてさらにサン=シモンが財産を株券のかたちで動産化することを称賛したのだった.」ポール・ラファルグ「マルクスの史的唯物論」[U3a,2]

 両者とも社会的インフラのために投資をうながし資本集中をはかることの必要性を説いていたというわけです.
 フーリエは「空想的社会主義」などというよりははるかにトンデいて,凡人からみれば「奇想的社会主義」という感じです.例えば,こんな箇所.
フーリエの期待したのは,「どの女もまずは一人の夫をもち,彼によって二人の子どもを身ごもることができる.第二に,彼女は一人の産ませる人(Geniteur)をもち,彼からたった一人の子どもしか得ることを許されない.第三に,彼女は愛人(Favorit)をもつ.彼は彼女とかつて一緒に生活したころがあり,愛人という名称を保持している.最後に第四として,彼女は幾人かの性的関係しかもたない人(Possesseurs)をもつが,彼らは法の前ではいかなる資格もない連中である.……」ジーグムンド・エングレンダー『フランス労働者アソシアシオンの歴史』I[W1,3]

 マルクスについては,価値形態論を重点的に取り上げ,マルクスだけでなくコルシュなどから論点を引用していて,テーマを考えるには重宝します.
 「V:陰謀,同業職人組合」と「a:社会運動」は,19世紀フランスの激動を背景にした社会変革運動をテーマにしています.これらの断章は,ナポレオン1世の第一帝政,ルイ・フィリップの7月王政,2月革命から第二共和政,ルイ・ナポレオンの第二帝政,そしてパリ・コミューンへといった19世紀フランスの流れを思い返しながら読むと,流動的な社会における運動のさまざまな側面を取り上げるベンヤミンの引用の冴えがよくわかります.
 『パサージュ論』も残すところあと1巻.最終巻となる第5巻は11月刊行となります.単行本には載せられなかったのですが,パサージュ研究についてアドルノやショーレム,ホーフマンスタールといった人たちとやりとりしている書簡が載ります.また,本書に登場する人名に注を施した膨大な索引を現在製作中です.
U:サン=シモン,鉄道
V:陰謀,同業職人組合
W:フーリエ
X:マルクス
Y:写真
Z:人形,からくり
a:社会運動
ヴァルター・ベンヤミン(Walter Benjamin)
1892年ベルリンの富裕なユダヤ人美術商の家に生まれる.フラブルク大学,ベルリン大学に学ぶ.1933年ナチス政権成立とともにパリへ亡命.フランクフルト社会研究所の共同研究員となる.1940年ドイツ軍のパリ侵攻のため,パリ脱出.渡米を図るも出国ビザが取れず,やむなくピレネー山脈越えを決行するが,スペインのポル・ボウで警察の強制送還の脅しにあい服毒.翌日,息を引き取る.著作に,『ドイツ悲劇の根源』『一方通交路』「ベルリンの幼年時代」「複製技術時代の芸術作品」「歴史哲学テーゼ」など多数.
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