空間〈機能から様相へ〉

機能的な均質空間の支配に抗して,21世紀の建築は「様相」に向かう.著名な建築家による哲学的著作.

空間〈機能から様相へ〉
著者 原 広司
通し番号 学術190
ジャンル 書籍 > 岩波現代文庫 > 学術
日本十進分類 > 哲学/心理学/宗教
刊行日 2007/12/14
ISBN 9784006001902
Cコード 0110
体裁 A6 ・ 並製 ・ カバー ・ 334頁
在庫 重版中
現代世界を支配してきた機能的な均質空間の支配に抗して,著者は新しい「場」の理論を構想する.工学的な知識はもとより,哲学,現象学,仏教学などの知見を駆使,長年にわたる集落調査の成果にも依拠して,著者は設計の現場から21世紀の建築は「様相」に向かうというテーゼを発信する.著名な建築家の手になる野心的な哲学的著作.


■内容紹介
 原広司さんは現代日本を代表する建築家です.東京・渋谷でアトリエ・ファイという建築設計事務所を主宰し,日本国内はもとより世界各地のプロジェクトを手掛けています.著名な作品には,梅田スカイビル,JR京都駅,札幌ドーム,東京大学生産技術研究所(生産技研,東京都目黒区)などがあります.
  他方で原さんは1990年代半ばまで生産技研(以前は港区の乃木坂にありました.現在国立新美術館の建っている場所です)の教授として建築の数理研究に打ち込んでいました.さらに,1970年代に世界四十数カ国の集落調査に従事し,ヨーロッパや中南米,中東,アフリカの各地を訪れました.そこには自然と一体化した生活があり,地域性や伝統が息づいていました.そして,これらの成果を盛り込んで1970~80年代に刺激的な論文を多数発表し,独自の建築理論を展開するにいたりました.そのひとつの集大成が本書『空間<機能から様相へ>』です.
  本書は,建築家が「空間」を哲学した書であり,建築家が「空間」を語るための言葉を探す旅が描かれています.原さんは意識を解放して想像力を自由にするために,新しい「場」の理論を構想しており,そのために建築学や数学,図学などの工学的な知識はもとより,哲学,現象学,仏教学,日本古典文学などの知見が駆使され,21世紀建築の行方が考察されます.本書は文化の理論の最前線に立つ,野心的な著作です.
  原さんは,近代建築を支配してきた,「空間」を均質なものと見なして建築物をいかに「機能」的にするかという考え方に抗して,設計の現場から,21世紀の建築は「様相」に向かうというテーゼを発信します.「様相」とは『広辞苑』によれば,「有様」「状態」のことですが,原さん自身は本書で「様相」を,次のように定義しています.
事物の状態や空間の状態の見えがかり,外見,あらわれ,表情,記号,雰囲気,たたずまいなどと表記される現象であり,これらの表記は,経験を通じて意識によって生成され,保持される情景図式の様態を説明しようとする表記である.また,これら表記によって指示されるものは,自然,場所,制度,文化,様式,言語学的な秩序,幾何学,構築にかかわる技術や技法,等々のレベルが異なったさまざまな概念に依存して表出される.これらの表記が指し示している空間の現象を,<様相(Modality)>と呼んでみたい.(241頁/下線部は本書では傍点)

 「均質空間論」は機能主義建築の具体的な考察です.ミースが座標を書き,コルビュジエが様々な関数のグラフを書いたという図式によって,いろいろなものを入れることのできる「箱」,すなわち「均質空間」という理念が出来ましたが,そうした考え方によって表現された近代建築の実際を紹介し,その特質と限界とを明らかにしています.
「<部分と全体の論理>についてのブリコラージュ」と「境界論」では,境界を論ずることが一定の広がりを持つことの理由は,部分と全体に言及する場合に,部分を部分たらしめる境界が必要となってくるからであり,そうした意味で,境界をめぐる論議は部分と全体の論理の基礎的な道具についての論議である,と主張されています.
  境界に関する考察の展開上に,「機能から様相へ」と「<非ず非ず>と日本の空間的伝統」が書かれました.前者では「様相」の定義とともに,建築家は固有の空間の状態(様相)の形成を目標にしていることがのべられます.また,<非ず非ず>(「空」)とは「大日経」(真言密教の根本教典)に見える表現であり,貴尊の存在は,「Aではない,Bではない,Cではない……」といった否定表現でしか語ることができないという考え方を指します.原さんは集落調査を重ねるに従い,境界が定かでない領域的な広がり,多義的に規定できる領域が次々に現れ,境界があいまいであること自体が一つのきわだった様相であると思えてきた,と語ります.また,日本では障子やふすまといった道具建てにより,境界が様々に変化することなどを指摘し,日本の伝統的住居の領域分析も扱っています.
  境界の定めがたい多層構造の空間――それを表現する言語と論理を手にしたとき,日本間やサハラの集落などの空間構造の意味が,新たな光彩を帯びて立ち現れます.そして原さんはそういった「多層構造モデル」を80年代以降の創作活動の中軸にすえました.本書により,原さんは1988年度のサントリー学芸賞を受賞しました.
(T・H)
 序

均質空間論
〈部分と全体の論理〉についてのブリコラージュ
境界論
機能から様相へ
〈非ず非ず〉と日本の空間的伝統

 岩波現代文庫版のためのあとがき
 参考文献
 人名索引・事項索引
原 広司(はら ひろし)
1936年神奈川県に生まれる.建築家.東京大学名誉教授.1970年代に世界の集落調査に従事.また80年代以降の創作活動の中軸にある「多層構造モデル」は国の内外で大きな反響を呼んだ.主な著書に『建築に何が可能か』(学芸書林),『集落への旅』(岩波新書),『集落の教え 100』(彰国社),編著に『住居集合論I・II』(鹿島出版会)がある.

受賞情報

サントリー学芸賞〔芸術・文学〕(1988年)
ページトップへ戻る