脳の可塑性と記憶

脳の記憶と学習のメカニズムを解明せんと試みた本書は,シナプスの柔軟性に注目した先駆的な労作.(解説=村上富士夫)

脳の可塑性と記憶
著者 塚原 仲晃
通し番号 学術237
ジャンル 書籍 > 岩波現代文庫 > 学術
日本十進分類 > 自然科学
刊行日 2010/05/14
ISBN 9784006002374
Cコード 0140
体裁 A6 ・ 並製 ・ カバー ・ 230頁
在庫 品切れ
人格の拠り所である人間の記憶は,脳のどこに蓄えられるか.なぜ瞬時に思い出せるのか.本書は記憶を蓄える場であるシナプスの驚異の柔軟性に注目し,可塑性こそ脳の本質を理解する上で鍵となるという立場に立つ著者の遺著である.脳の記憶と学習のメカニズムを考察する上で,その先駆的な意義は失われていない.(解説=村上富士夫)

-

人間にとって記憶とは言うまでもなく人格の拠り所であり,人間の一生は学習の連続ですが,記憶と学習のメカニズムはいまだ神秘に満ちているといえます.ほとんど無限の容量を持つ人間の記憶は脳のどこにどのように蓄えられ,長期にわたって保たれるのでしょうか.また,それをどのようにして瞬時に思い出すことができるのでしょうか.
 本書はその興味深く謎に包まれた主題について,深い学識に基づき,平明な筆致で描き出した本です.以下に本書の構成をご紹介するようにいたしましょう.
 まず第一章,第二章では記憶と学習のメカニズムという主題についての考えの変遷を追い,脳の持つ驚異的な柔軟性つまり可塑性の認識に至る発展をたどっています.
 記憶を蓄える場としては,古くからシナプスが注目されてきました.とりわけメモリーの役割をする可塑性シナプスの存在に光が当てられてきましたが,第三章,第四章ではシナプス可塑性の細胞過程,分子過程をめぐって新知見が詳しく述べられています.とりわけ,新しいシナプスができて神経回路が修飾を受ける発芽については,脳に損傷を与えないで発芽を起こさせるという著者の功績が大きなものであることが明らかにされています.
 人間の記憶には見たもの聞いたものを覚える「頭の記憶」(認知性記憶)と,練習して身につける「体の記憶」(運動性記憶)の二種類がありますが,第五章,第六章では多様な記憶・学習の例について考察し,第三章,第四章に述べたシナプス可塑性に基づいてそのメカニズムの説明を試みています.
 第七章ではDNAの遺伝情報,脳の記憶情報,文字による脳外部の記憶情報の三者が次々と発達してくる進化の過程を考察しています.
 本書は脳の記憶と学習のメカニズムを探究し,脳とは固定的な回路ではなく,柔軟性のある可塑的な回路であるという認識に到達した著者の最初にして最後の著書です.
 1985年の日航機事故で著者が急逝されたことによって,本書の中で未完に終わっている章がありますが,全体として叙述は極めて平明かつ説得的であります.「解説」では,村上富士夫氏がこの二十余年の脳科学の進展をふまえてもなお,本書の意義が失われていないことを,現在の脳科学研究の第一線から明らかにされています.
 本書は1987年紀伊國屋書店より刊行されました.
塚原仲晃(つかはら なかあきら)
1933-85年.58年東京大学医学部医学科卒業.63年同大学院修了.医学博士を授与される.同年,東京大学医学部助手.65年から68年まで米国に留学.70年,大阪大学基礎工学部教授に就任.77年から85年まで岡崎国立共同研究機構生理学研究所教授を併任.82年から82年,米国ロックフェラー大学客員教授を務める.1985年8月12日夜,日航ジャンボ機123便に乗り合わせ,御巣鷹山にて逝去.

書評情報

毎日新聞(朝刊) 2010年6月20日
北日本新聞(朝刊) 2010年6月6日
しんぶん赤旗 2010年5月16日
ページトップへ戻る