三国志曼荼羅

なぜ諸葛孔明は日本人に愛されるか.『三国志演義』の豊穣なる世界をどう読み解くべきかを徹底解説.

三国志曼荼羅
著者 井波 律子
通し番号 文芸119
ジャンル 書籍 > 岩波現代文庫 > 文芸
日本十進分類 > 文学
刊行日 2007/05/16
ISBN 9784006021191
Cコード 0198
体裁 A6 ・ 並製 ・ カバー ・ 330頁
在庫 品切れ
なぜ諸葛孔明は日本人に愛されるか.三国時代の特質を踏まえ,劉備・曹操・周瑜らの人間像と『三国志演義』の作品世界の特質とをいかに読み解くべきか.『三国志演義』の個人全訳でも著名な著者が,千数百年の歳月に育まれた比類なき物語世界の醍醐味と魅惑的な登場人物について,縦横無尽に描き出した快著.

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「日本人は,一体いつから,こんなに三国志好きになったのであろうか」と三国志の専門家である著者自身が書いているように,膨大な書籍,漫画,コンピューター・ゲームとおびただしい三国志関係の商品が我が国には存在しています.

 英雄豪傑が縦横無尽に活躍する三国志世界,それが初めて日本で紹介されたのは元禄期,『三国志演義』が湖南文山なる人物によって『通俗三国志』として翻訳されたのがその嚆矢だといいます.それから現在に至る320年近くの歳月の中で,日本人を常に捉えてはなさなかった三国志の魅力とは何なのでしょうか.

 たとえば諸亮孔明はなぜ日本人を引きつけるのでしょうか.試行錯誤と挫折を繰り返していた劉備を支え,グローバルな戦略を立て,柔軟な判断力をもって,当時の中国世界の権力バランスを変えていくその見事さへの評価なのでしょうか.そして,劉備が蜀攻略に成功した後に,徹底した合理主義による法治政策で国内を引き締め,公正な能力主義で有能な人材を抜擢した手腕の鮮やかさが,実業界における多くの読者をも魅惑したということになるのでしょうか.そのあたりの事情も本書では鮮やかに解明されています.

 また諸亮孔明以外の英雄たち,曹操,劉備,周瑜をはじめとした魅力ある群像についても本書は惜しみなく光を当て,その人物の特性と時代の中で果たした役割について考察しています.

 本書は『三国志演義』の個人全訳(ちくま文庫)でも著名な著者が,この比類なき物語世界の醍醐味について自在に描き出した書物であります.本書は大きく三つに区分されていますが,最初は三国のうち魏に関連する文章を集めています.なかでも曹操をテーマにした文章が多く,清流派知識人と曹操の関係の軌跡を描き出した文章もあります.第二番目には,蜀と呉に関連する文章が集められています.蜀の諸亮孔明,呉の周瑜が重要な役割を果たします.第三番目においては,正史『三国志』の著者陳寿の隠された意図を探った文章,語り物や芝居や小説のジャンルで脈々と伝えられた「民衆世界の三国志」にスポットを当てた文章,日本における三国志の受容について目を向けた文章などが収められています.また著者自身が高橋和巳氏との出会いによって三国志にかかわるようになったという興味深いエピソードも記されています.

 書名に「曼荼羅」とありますように,本書を読んでいただければ三国志世界の豊穣さを極めて多面的に味わっていただけるのではないかと思います.また,著者井波律子氏が「曼荼羅」を描き出す適任者であることも十分にご理解いただけるでしょう.

 本書は1996年に筑摩書房から刊行されました.今回,岩波現代文庫化に際して,この間の各誌紙に掲載された原稿も収録し,本書の価値はさらに高められています.ぜひ本書をご一読いただければと思います.

 最後に,「読みたいけれど三国志について何も知らないので」という方も,難解な文章ではないので,ご心配は無用です.ただ一点,三国志とは西晋の陳寿の著した紀伝体の正史『三国志』が源であり,その後千数百年の歳月をかけて民衆と知識人が育て上げた物語世界の集大成である羅貫中の『三国志演義』が小説として多くの読者に愛されてきたということ,「三国志」とはこれらの総称であることを予備知識として本書を手にとっていただければ幸いです.
井波律子(いなみ りつこ)
1944年生まれ.国際日本文化研究センター教授.専攻=中国文学.京都大学大学院博士課程修了.金沢大学教授を経て現職.主著『三国志演義』『中国文章家列伝』『奇人と異才の中国史』(以上,岩波新書)『酒池肉林』『裏切り者の中国史』(講談社)他多数.訳書『三国志演義』(個人全訳,ちくま書房,全7巻)
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