グスタフ・マーラー

現代音楽への道

マーラーの作品の背後に広大な音楽文化圏の存在を見いだし,現代音楽への道を切り開いた苦闘のさまを描く.(解説=岡田暁生)

グスタフ・マーラー
著者 柴田 南雄
通し番号 文芸169
ジャンル 書籍 > 岩波現代文庫 > 文芸
日本十進分類 > 芸術/生活
刊行日 2010/06/16
ISBN 9784006021696
Cコード 0173
体裁 A6 ・ 並製 ・ カバー ・ 286頁
在庫 品切れ
「やがて私の時代が来る」と自己の前衛性を確信していたグスタフ・マーラー.彼の交響曲は自由で柔軟,感傷的で情感的,また急激な大爆発を起こすなど,近代人の知性と矛盾をさらけ出している.著者はマーラーの作品の背後に非西欧世界にも及ぶ広大な音楽文化圏の存在を見いだし,現代音楽への道を切り開いていった彼の歩みを跡づける.(解説=岡田暁生)

■編集部からのメッセージ

2010年はグスタフ・マーラー(Gustav Mahler 1860.7.7~1911.5.18 )の生誕150年,2011年は没後100年の記念の年です.
この記念の年にあたり,1984年に岩波新書として刊行した柴田南雄『グスタフ・マーラー』を岩波現代文庫として新装再刊いたします.現代文庫版では,新書刊行以後に書かれたマーラー関連の文章3本を併せて収録しました.
本書は1960年代から80年代初期にかけて人気が高まったマーラーの音楽を,初心者に分かりやすく紹介した初の啓蒙書であると言えます.それまではマーラー関連の本といえば,書簡集や妻アルマ,同時代の指揮者・ワルターの回想録,ブラウコプフの研究書など高額な翻訳書があるだけでした.
本書は著者が作曲者であり,また音楽理論の専門家であったという長所がよく現れている本です.目次に示したように,「はじめに」で1960年のマーラー生誕百周年を機とした世界的なマーラーへの関心の高まりをとりあげ,その意味に注目し,戦前の日本におけるマーラー演奏史につなげています.著者自身の旧制高校時代の個人的体験にもふれていますが,これは近代日本の洋楽受容史の貴重な証言となっています.
第Ⅰ章から第Ⅴ章第1節までは,マーラーの個人史およびウィーンを中心にした文化史をおりまぜ,マーラーの作品を時系列的に取り上げ,交響曲を中心に楽曲分析がなされています.さらに戦前から1984年時点までの指揮者やオーケストラのマーラー作品の演奏スタイルの変遷について,著者独自の論点が繰り広げられます.第三交響曲冒頭のホルンのユニゾンにマーラーの生まれ故郷ボヘミアの民謡やユダヤ教のシナゴーグでの礼拝の歌のエコーを聞き取り,ブラームスの第一交響曲と同じテーマを見いだすといった,西洋音楽史の隠された部分と表の部分と両方への目配りは著者ならではのものです.
以上の分析に立ち第Ⅴ章第2節では著者独自の西洋音楽史の枠組みが提示されます.西洋音楽の起源を多声音楽の発生と規定して,それ以降中世多声楽の時代(12~14世紀),ルネサンス多声楽の時代(14~16世紀),バロック音楽の時代(16~18世紀),古典派・ロマン派音楽の時代(18~20世紀)と時代を下り,第二次大戦後は西洋音楽が「世界音楽」に向かう時代であるとし,マーラーの音楽はその最初の転換点の一つであると位置づけて本書が閉じられます.
以上のように,本書はマーラーの音楽のみをテーマにしているのではなく,読者に西洋音楽史の流れを常に意識させる構成になっています.本書が並の啓蒙書,解説書ではない所以です.
解説者の岡田暁生さんは,本書について次のように述べています.
柴田氏の著作が同時代の多くの音楽学者/批評家と決定的に違っていた点,それは音楽作品の間テクスト性を自在に読み解いていく,博物学的な知とでもいうべきものである.(中略)いきなり専門知識でもって対象を手際よく裁断するのではない.心の中に様々な過去の記憶が喚起されてくるまで,ひたすら虚心坦懐に響きに耳を傾け,ゆっくり時間をかけてある事象から別の事象へと連想の糸を張りわたし,やがてふと気づくと見事な物語の織物が出来上がっている――そんな論の進め方なのだ.(本書266-267頁)
私は1980年代に岩波新書の黄版の担当でした.本書は私自身にとって最も大切で忘れがたい新書の一つで,本書に学んだことは数多くあります.私は1人のマーラー・ファンとして,レナード・バーンスタイン指揮イスラエル・フィルの第9交響曲(1985年),ガリー・ベルティーニ指揮NHK交響楽団の第3交響曲(1987年.ベルティーニは他にケルン放送交響楽団・東京都交響楽団による全曲演奏もあり)などの名演を実際に体験し,また1938年のブルーノ・ワルター指揮ウィーン・フィルによる第9(本書24頁参照)から,最近発表された1989年のクラウス・テンシュテット指揮ロンドン・フィルによる第2交響曲「復活」に至るまでのCD――著者の言う「新ロマン主義」(本書188頁参照)的なスタイルの演奏――を聴いてきました.広大な知的沃野を背景にした本書が《岩波現代文庫》の形で書店に常備され,新しい読者に読みつがれ,本書の導きに従って新しい世代のマーラー愛好家が生まれることを期待します.
(T・H)
本書第一部は,岩波新書『グスタフ・マーラー――現代音楽への道』として岩波書店より1984年10月に刊行された.新書刊行以後に生じた本文中の人物の生没年の異同などについては著者,編集部が訂正した.
本書第二部の出典は以下の通りである.
「交響曲第一番ニ長調〈巨人〉」,「交響曲第五番嬰ハ短調」
――『おしゃべり交響曲――オーケストラの名曲 101』所収 青土社 1986年9月
「マーラー・ブームが意味するもの――クラシックの現在」
――『声のイメージ』所収 岩波書店 1990年10月
第一部 グスタフ・マーラー――現代音楽への道
はじめに――われわれとマーラー
1 マーラーの復活
 マーラーへの現代的関心/マーラーを理解することの意味/日本人とマーラー/マーラー・ブームのきっかけ/後期ロマン派の好まれる理由/ブルックナーとマーラーは異なる
2 戦前の日本におけるマーラー
 ナマ演奏の記録 プリングスハイムの「第六」/レーケンパーの「子供の死の歌」/ローゼンシュトックのマーラー/ワルターの「大地の歌」と「第九」/戦前の音楽ファン/戦後の音楽ファン/戦後のマーラー初演

Ⅰ ボヘミアからヴィーンへ
1 少年時代
 人生五十年/イラーヴァへ/兵舎のラッパ/ヴィーン音楽院/熱烈なヴァグネリアン
2 「嘆きの歌」
 「嘆きの歌」の落選/不運な作品第一号/下積み時代
3 「第一交響曲」
 「第一」以前の交響曲/「巨人」という標題/自然の音/四度の音程/引用の問題/「第一」と歌曲との関係

Ⅱ 新しい世界への出発
1 「第二交響曲〈復活〉」
 高貴さと俗臭と/マーラー自身の解説/第一楽章/第二楽章/第三楽章/ベリオ「シンフォニア」/音楽の輪廻転生/第五楽章
2 「第三交響曲」
 「第三」の標題/ローゼンシュトックの「第三」/冒頭のホルンのユニゾン/旋律線の分析/コラール旋律との関連/古典派の小ぶし/スラヴ音楽と教会旋法/ドミナントへの道/広大な音楽文化圏/第一主題の変形/ポストホルンの旋律の源泉/他の交響曲との関連/交響曲の枠組の拡大/シェーンベルクとベルクへの影響/レコードによる時代の表現
3 「第四交響曲」
 古典交響曲/通俗的な鈴の音/初演の不評/「子供の魔の角笛」との関連

Ⅲ 成就と崩壊の始まり
1 「第五交響曲」
 アルマとの結婚/才女アルマ/指揮者マーラーへの反発/ポピュラーな「第五」/ワルターのアダージェット/三部構成/「子供の死の歌」との関連/見事な対位旋律/第二・第三楽章/ヘンツェ「バッカスの巫女たち」/華麗なフィナーレ
2 「第六交響曲」
 正統的な古典派交響曲/カウベルとハンマー/ヴェーベルンと「第六」/マーラーとプリングスハイム/強く印象に残る個所/複雑な楽想/重いスケルツォ/抒情的な緩徐楽章/壮大なフィナーレ
3 「第七交響曲」
 馴染のうすさ/テノールホルン/「夜の音楽」/ギターとマンドリン/「影のように」/中心はスケルツォ/大げさなファンファーレ/多忙な指揮活動/「子供の死の歌」と長女の死

Ⅳ 背後の世界の作品
1 「第八交響曲」
 畢生の大作/「ヴェニ・クレアトール」/表現主義的なマーラー/ソナタ形式の優位/カンタータの第二部/「ファウスト」の音楽/「神秘の合唱」/ミュンヘンでの初演/ワルターの「第八」/忘れがたい演奏
2 「大地の歌」
 ヴィーンからニューヨークへ/作曲家とアメリカ体験/耽美的な傾向/「大地の歌」のテクストと音楽/九番目の交響曲/中心楽章「美について」/「青春について」と「春に酔える者」/「秋に寂しき者」と「告別」前半/冒頭楽章と「告別」後半/時代様式との結合
3 「第九交響曲」
 交響曲の頂点/「大地の歌」とのつながり/生涯の発端と終末/最後の「告別」/レンドラー舞曲/ロンド・ブルレスケ/圧巻のアダージョ/背後の世界/マーラーへの追悼音楽

Ⅴ 開かれた終末
1 「第十交響曲」
 クックの全曲復元/1910年のマーラー/「第十」の全体構想/「モーツァルト!」
2 マーラーと二十世紀の音楽
 後期ロマン主義の時代/演奏家としてのマーラー/マーラーと歌劇/特殊な音色の要求/新古典主義の時代/シンメトリー構造の音楽/ショスタコーヴィチとマーラー/前衛音楽の時代/音楽時代の各段階/セリーと偶然性音楽/反ロマン主義的演奏/新ロマン主義の時代

 あとがき


第二部 マーラー小論

交響曲第一番ニ長調〈巨人〉
交響曲第五番嬰ハ短調
マーラー・ブームが意味するもの――クラシックの現在

 解 説(岡田暁生)
 グスタフ・マーラー略年譜
柴田南雄(しばた みなお)
1916-96 年.作曲家・音楽学者.東京生まれ.1939年東京大学理学部卒業.43年同文学部卒業.東京芸術大学,放送大学などで教鞭をとる.主な作品に『コンソート・オブ・オーケストラ』『ゆく河の流れは絶えずして』『追分節考』『宇宙について』,主な著書に『わが音楽 わが人生』『声のイメージ』(以上岩波書店),『西洋音楽史 印象派以後』『音楽の骸骨のはなし』(以上音楽之友社),『日本の音を聴く』『王様の耳』(以上青土社),『楽器への招待』(新潮社)などがある.

書評情報

産経新聞 2010年10月1日
信濃毎日新聞(朝刊) 2010年8月22日
陸奥新報 2010年8月5日
福井新聞 2010年8月1日
茨城新聞 2010年7月31日
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