イスラームの世界観

「移動文化」を考える

移動そのものをよしとするアラビア遊牧民.イスラーム圏での体験をもとに人々の価値観を生き生きと綴る.

イスラームの世界観
著者 片倉 もとこ
通し番号 社会161
ジャンル 書籍 > 岩波現代文庫 > 社会
日本十進分類 > 社会科学
刊行日 2008/02/15
ISBN 9784006031619
Cコード 0136
体裁 A6 ・ 並製 ・ カバー ・ 244頁
在庫 品切れ
アラビアの遊牧民たちのなかには,動くことそのものをよしとする思想がある.真珠とりをする遊牧民,旅で学ぶイスラームの学者たち,巡礼者を保護するイスラームの制度…….フィールドワークの体験をもとに,極端に目的志向型の社会のなかで,大切なことを見失いがちな私たちの生き方に深刻な反省をせまる比較文化論エッセイ.

-

「イスラーム」というと,大部分の日本人は何を思い浮かべるだろうか.断食,禁酒,巡礼,テロ,四人妻…….わけがわからない,怖い,などの感情を持つ人もいるかもしれない.また,イスラーム圏に旅行したり,ムスリム(イスラム教徒)に接したりすると,あまりの考え方の違い,文化のギャップに戸惑う日本人が多いだろう.たとえば,飛行機は時間通りに飛ばない,予約したはずのホテルの部屋はとれていない,約束していた時間は簡単に動かされる…….几帳面な日本人から見ると「まったく信じられない」ということが日常茶飯事である.しかし,彼らは彼らなりの論理,価値観にしたがって行動しており,それはイスラームの長い歴史と伝統の中で育まれてきたものでもあるのだ,ということが本書を読むとよくわかる.
 一番のポイントは,「動く」ことがよいことである,という価値観.これは,まさに逆転の発想で,われわれ日本人は「おかわりなく」という挨拶は,いい意味で使っているが,彼らにとっては一箇所に留まっていることはいいことではない,というのである.たしかに転勤や転居は費用もかかるし,一般には好まれない.しかし,一つ所に安住していることは停滞を意味する,というのは何となく理屈としてもわかる.臨機応変にいつでも動ける準備ができている,ということは,このグローバル化時代に必要な発想ではないだろうか.
  本書は,このようなイスラームの価値観を,具体的な事例やエピソードを交えながら,やわらかな筆致で見事に解き明かしてくれる.岩波新書『イスラームの日常世界』でも触れたイスラーム圏の人びとの暮らしの背後にある思想を,さらに理論的につきつめて解説しており,日本にも伊勢の遷宮などに同様の「動の思想」があることをも示唆している.目的に向かってまっしぐらに進むだけではなく,道中を楽しみながら進む生き方もあるのではないか.私たちは,もう一つの文化・イスラームから学べるものが,まだたくさんあるということを,気づかせてくれる本である.
(現代文庫編集部 中西沢子)
片倉もとこ(かたくら・もとこ)
1937年奈良県生まれ.72年東京大学大学院地理学博士課程修了.理学博士.津田塾大学教授,国立民族学博物館教授,総合研究大学院大学教授,中央大学教授などを歴任.現在,国際日本文化研究センター所長,国立民族学博物館名誉教授,総合研究大学院大学名誉教授.著書に『イスラームの日常世界』(岩波新書)『アラビア・ノート』(ちくま学芸文庫),『沙漠へ,のびやかに』(筑摩書房),編著に『イスラーム世界事典』(明石書店)『イスラーム世界』(岩波書店)ほか多数.

書評情報

日経ウーマン 2008年12月号
産経新聞 2008年7月21日
産経新聞(朝刊) 2008年4月21日
ページトップへ戻る