ヒューマニティーズ

教育学

未来の人間や社会を考え,そこに働きかけてゆく営みに向けた知として,何が組み換えられるべきなのか.

教育学
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著者 広田 照幸
ジャンル 書籍 > 単行本 > 総記
シリーズ ヒューマニティーズ
刊行日 2009/07/30
ISBN 9784000283243
Cコード 0300
体裁 B6 ・ 並製 ・ カバー ・ 158頁
定価 本体1,300円+税
在庫 在庫あり
教育は社会のあり方やその変化と無縁ではありえない.その思想や制度は,近代の大きな変動のなかで変容を遂げ,経済のグローバル化や地球規模の課題が,現代の教育にさらなる変容を迫っている.未来の人間や社会のあり方を考え,そこに働きかけていく営みに向けた知として,いま教育学の何が組み換えられていくべきなのかを考える.

■著者からのメッセージ

教育はこの200年の間に,社会全体の根幹に関わる巨大な装置として発展した.公教育制度という社会装置である.誰もが学校に行き,教育を受け,一人前になっていく――そういう社会になった.教育学は,その公教育制度の普及とともに発展してきた.何よりも「教師を養成するための知」として発展してきたからである.ただし,単なる教師養成の技術知としてではなく,人間や社会のあり方を深い次元で見つめ直し,社会の組み立て方や人間の生き方に示唆を与える学問としても発展してきた.その意味で,教育学は,総合人間科学でもあり,総合社会科学でもある.
 とはいえ,自然科学における物理法則的な知とちがって,教育学の知は基礎づけが不安定で,累積性も乏しい.その理由は後の章で述べることになるが,ともかく現実的にはそういう知である.われわれが自分の人生でたくさんの失敗をしてしまうのと同様に,教育学もこれまでたくさんの失敗をしてきた.ナチズムや軍国主義の教育がそうであり,混乱や分裂をはらんで挫折した,たくさんの教育運動がそうである.いや,日々われわれは,教育に失敗している.よかれとおもってしたことが裏目に出たりするのが教育である.この話も後の章であらためて述べる.
 教育学はそうした危うい実践を,何とかよりよい方向で進め,よりましなものにしようとする知である.図1のたくさんの個別分化した下位分野は,教育をよくしようとする知には,たくさんの対象やアプローチがあるということを物語っている.
 しかしながら,果たして「よりよい方向」とか「ましなもの」とは,いったい何なのか.「子どもの笑顔がゴールです」などという実感主義や体験主義は,学問的な知からはほど遠い.それは,私に言わせると思考停止である.また,1990年代のポストモダン論の隆盛の結果,われわれは普遍的な価値を教育学的思考の基礎におくことができないことがはっきりしてしまった.誰もが納得せざるをえないスタートの地点がない,ということが明瞭に自覚されたのである.さらに,1990年代から浮上してきたグローバル化の流れは,日本の社会の先行きを不透明さの中に落とし込んだ.思考の原点もふらついているし,社会も不安定になっている.そうした中で,「よりよい教育」が果たしてどう語れるのか,という問題にわれわれは直面している.
 われわれは,希望を持って教育学を語れるのか.本書は,教育学を勉強してみたいという人のための手引きの書として書かれたと同時に,教育学をすでに学んできた人に問題提起をしたいと思って書かれている.知識の程度によって,読み方がちがうだろう.著者としては,多様な読者の方に,多様な読み方をしていただければ,と思っている.
(「はじめに」より)
広田照幸(ひろた てるゆき)
1959年生.東京大学大学院教育学研究科博士課程修了.現在,日本大学文理学部教授.
著書に『思考のフロンティア 教育』(岩波書店,2004年),『日本人のしつけは衰退したか――「教育する家族」のゆくえ』(講談社現代新書,1999年),『格差・秩序不安と教育』(世織書房,2009年)など.

書評情報

内外教育 2009年10月16日号
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