意識をめぐる冒険

有機物の塊にすぎない脳の何が「赤い」「痛い」といった感覚を生むのか.意識と脳の研究の最前線を語る.

意識をめぐる冒険
著者 クリストフ・コッホ , 土谷 尚嗣 , 小畑 史哉
ジャンル 書籍 > 単行本 > 心理・精神医学
刊行日 2014/08/06
ISBN 9784000050609
Cコード 0011
体裁 四六 ・ 上製 ・ カバー ・ 382頁
定価 3,300円
在庫 在庫あり
歯がズキズキ痛む.この痛さはどこから来るのか.歯髄から脳に送られた信号のせい? それで納得できるだろうか.単に有機物の塊にすぎない脳の何がどう痛いという感覚を生むのか.意識と脳の関係は考えれば考えるほどわからなくなる.意識研究で世界をリードする著者が,解決不能に思える困難にどう立ち向かったのかを本音で語る.

■編集部からのメッセージ

《著者のコッホさんは,こんな人です!》
 以前に,岩波書店から刊行した『意識の探求』(全2巻)はたいへん評判になりました.今も重版を続けています.同じ著者による第2弾です.でも,前の本とはかなり趣の違う仕上がりになっています.いわば,著者の個性が存分に発揮された本と言えるでしょう.
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 著者クリストフ・コッホ(Christof Koch)は1956年生まれ.出身はドイツだが,現在は米国カリフォルニア工科大学の教授で,シアトルにあるアレン脳科学研究所の所長を兼ねています.カリフォルニア工科大学は通称カルテクと称され,かのファインマンが教授を務めていた全米でももっとも優秀な学生が集まると言われる大学です.そこで,コッホは,DNAの二重らせんの発見でノーベル賞を受賞した故フランシス・クリックとともに,長年意識の研究に取り組んできました.
 もともとは物理出身で,ドイツ屈指のエリート大学の1つであるチュービンゲン大学で物理学を専攻,大学院では神経科学に興味をもち,生物物理学の学位を取得しました.両親はドイツ人ですが,父親が外交官だったために,生まれたのは米国カンザス・シティー,その後,アムステルダム,ボン,オタワと転々とし,高校はモロッコで終えています.チュービンゲン大学で学位取得後は,米国MITに移り,以来,米国在住です.
 見た目は,今でこそ,年相応のロマンスグレーで,長身の紳士という感じですが,若い頃は髪を赤やオレンジに染めたり(右上の写真参照),ド派手なTシャツに凝ってまったく大学教授とは思えない風貌をしていました(ド派手なTシャツを見ると目が離せないのは今も変わらないそうです).
 また,日本の村上春樹の大ファンであり,ロック・クライミングにはまって山で死にかけたこともあります.左腕には,自身の研究テーマでもある脳の神経細胞ニューロンのタトゥが彫ってあるそうです.これは,ニューロンの先駆的な研究でノーベル賞を受賞したスペインの解剖学者ラモン・イ・カハールの研究に敬意を表し,そのスケッチを図案化したものとのことです.ちなみに本書のカバーの図版は,やはりカハールを尊敬し,評伝まで著した解剖学者である萬年甫先生の猫の脳のゴルジ体のスケッチです.
 コッホは,意識研究に導いてくれたクリックのことを真の知の巨人として尊敬し,今も自分の部屋にクリックの肖像を飾っています.
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 形而上でも観念的でもなく,実証的に意識の神経基盤を見いだそうと長年にわたって研究してきたコッホさんです.コッホさんの意識の研究をわかりやすく言うと,こうです.痛いとか痒いとかという感覚は脳から来ているに違いないが,じゃあ肉の塊にすぎない脳のどこにそんな感じ(?)を作り出す機構や理由があるのか説明できますか.それを明らかにしたい,という研究です.
 2004年のクリックの死後,もう一度研究者としてどう生きるべきかを考え,またその傍ら異分野の様々な会合に呼ばれたり,また裁判員などの社会的な仕事をしたりするなかで,あらためて自らの生い立ちから見つめ直し,意識研究に身を捧げる思いを率直に語ったというのが本書です.

訳者まえがき
第1章
マインド・ボディ・プロブレム(意識と脳の問題).どうしてこの大問題が論理と実験の積み重ねによって解決されるべきなのか.フランシス・クリックとの出会いと,彼の意識問題に対する考え方.個人的な告白と人生の悲しみ.
第2章
宗教と合理的科学をめぐる個人的な葛藤の源について.科学者を夢見る少年時代.ビーカー教授のピンバッジ.二人目のメンターとの出会い.
第3章
意識と脳の問題はなぜ現代科学の世界観に問題を突きつけるのか? どのような手法を使えば,意識というとらえどころのなさそうなものを実証的に手堅く科学で研究できるか? 自意識は意識と脳の謎を解くためにはそれほど重要ではない.自意識をもたないような動物も意識をもつ.
第4章
手品師と科学者は似たものどうし.目で見ているものが意識にのぼるとはかぎらない.意識にのぼらない情報が脳内に残す足跡.注意と意識は異なる情報処理プロセス.
第5章
神経内科医と神経外科医から学べる四つのこと.1.脳には有名人に反応するニューロンがある.2.大脳皮質を二つに割っても意識が半分に減るわけではない.3.皮質のある部分が損なわれると世界から色が消える.4.脳幹や視床組織がわずかに損なわれるだけで意識が永久に失われる.
第6章 
若いころの自分にはバカバカしく思えた無意識についての二つの事実.1.ほとんどが意識にのぼらない脳内プロセス.2.自分の行動のほとんどをコントロールしているのは,自分の意志ではなくゾンビ・システム.
第7章
自由意志,ニーベルングの指輪,そして決定論について物理学が言えること.自分が思っているほどには,私たちは自由な意志決定ができない.脳内の意志決定に関わる処理と,それが意識にのぼるまでの時間の遅れ.自由意志も一種の主観的な感覚である.
第8章
いくつかの条件を満たすネットワークの基本特性としての意識.意識にまつわる多くの謎を説明する統合情報理論.統合情報理論に基づく,意識をもつ機械の設計図.
第9章
意識メーターの開発.ゲノム技術を利用してマウスの意識を追え.私の「脳」観測所.
第10章
科学者が立ち入るべきでないとみなされている領域にあえて踏み込む.科学と宗教の関係.神の存在.神が世界に介入する? フランシス・クリックの死.個人的な試練.


参考図書
クリストフ・コッホ Christof Koch
米国カリフォルニア工科大学生物物理学科教授.アレン脳科学研究所(シアトル)所長.土谷尚嗣(つちや なおつぐ)
オーストラリア・モナッシュ大学医学部心理学科所属.コッホの前著『意識の探求』(全2巻)にひきつづいて,訳を担当.コッホの直弟子だけに,コッホの意図するところを適切な日本語にしていただきました.
小畑史哉(おばた ふみや)
翻訳者.専門家でもある土谷さんに対し,非専門家の立場から,よりわかりやすい日本語で表現するにはどうしたらよいか忌憚なく注文をつけ,全体としてとても読みやすい訳文を作成していただきました.

書評情報

朝日新聞(朝刊) 2014年12月28日
日経サイエンス 2014年11月号
公明新聞 2014年10月20日
サンデー毎日 2014年9月21日号
読売新聞(朝刊) 2014年9月14日
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