ジャック・ラカン 対象関係 上

精神分析の根幹問題である象徴界/創造界/現実界という区分に沿って,欲望の形成と「対象」について考察.

ジャック・ラカン 対象関係 上
著者 ジャック=アラン・ミレール , 小出 浩之 , 鈴木 國文 , 菅原 誠一
ジャンル 書籍 > 単行本 > 心理・精神医学
刊行日 2006/09/28
ISBN 9784000237727
Cコード 0011
体裁 A5 ・ 上製 ・ カバー ・ 262頁
在庫 品切れ
神経症圏だけではなく精神病についても精神分析的な知の可能性を拓き,主体の成立という問題に新たな理解の視座を提供したラカン.本巻では対象の成立,欲望の形成と対象の成立とがどのように関わるのか,いかにして主体が成立し欲望が生ずるのかについて詳しく考察.中期ラカンへの助走となる重要な1冊.

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ジャック・ラカン:セミネール4巻『対象関係』の位置づけ
鈴木 國文
 本書は,1953年から1979年まで26年間にわたって行われたジャック・ラカンのセミネールの4年目,『対象関係』の全訳である.ラカンのセミネールは,年度ごとにまとめられ,全26巻の内12巻(1,2,3,4,5,7,8,11,13,17,20,23巻)が原書として既に刊行されている.本書は,既に訳されているその内の6巻(1,2,3,5,7,11巻)に新しく加わるものである.
 この一連のセミネールにおいて,ラカンは,誤解に包まれたフロイトの発見の根源にある真のラディカルさを救い出し,精神分析の実質的意義を我々の手の届くものとすることに力を注ぎ続けた.一連のセミネールの聴衆は,精神医学,精神分析の領域に限られることはなく,哲学,文化人類学など様々な分野から時代の担い手の多くが参加していた.初期のこの時期は,特にフロイトへの回帰という色彩が強い.
 『対象関係』と題されたこのセミネールは,前年のセミネール『精神病』で「父の名の排除」について論じた考察に続くもので,父の機能とシニフィアンとの関わりを,ここでは「対象」の出現という根源的主題との関連で掘り起こしている.フロイトの論文『女性同性愛の一ケースの発生史について』,症例「ドラ」,そして「ハンス少年」などが取り上げられ,初期ラカン理論の鍵概念であるシニフィアンの機能が,症状形成との関連で見事に解き明かされていく.ここで「対象関係」という,クライン派の実践によって当時すでに人々の注目を集めていた観点を取り上げているのは,むしろ,主体と対象の出現という契機そのものを問い直すことこそ重要と考えたからであろう.この問題を問うことなしに,主体と対象との関係を論ずることも,また症状という現象を扱うこともできないからである.これは,対象関係に関する理解を想像的関係から象徴的関係へと移行させる作業と言ってもいいだろう.
 また,このセミネールには,レヴィ=ストロースとの思想的交流の影響が強く現れている.レヴィ=ストロースの神話概念によって,ラカンは,シニフィアンの機能について明確な支えを得たと言っていいだろう.エディプス・コンプレックスというフロイトの発見が,非・自然なものとしての人間が持つ諸症状について何を教えているかということを,このセミネールはきわめて解りやすい形で示す結果になっている.特に,下巻,神話概念を援用することによって進められるハンスの恐怖症の解明は,無意識を言語構造としてとらえることの意義を臨床場面との関連で示す画期的な試みである.
 最後に付言しておくなら,この巻で論じられている,主体と対象を発生機の状態で捉える様々な概念装置は,脳科学,情報理論,精神医学,哲学などが互いの限界を越えて対話を求めつつある今日の諸問題にとっても,また,多くの示唆を与えてくれるものであろう.
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