心理療法入門

心理療法の本質とは何か.カウンセラーを目差す学生,そして人間のこころに関心をもつすべての人の必読書.

心理療法入門
著者 河合 隼雄
ジャンル 書籍 > 単行本 > 心理・精神医学
刊行日 2002/02/14
ISBN 9784000233651
Cコード 0011
体裁 B6 ・ 上製 ・ カバー ・ 248頁
在庫 品切れ
ロングセラーの『心理療法序説』が刊行されてから10年.ますます多くの人々が関心を寄せる心理療法の最先端のエッセンスを,前著に引き続き,豊富な臨床経験に基づき,分かりやすく説く.現代の多様な課題に取り組む心理療法の基本テキストとして,カウンセラーを目差す学生にとってはもちろん,人間のこころに関心をもつすべての人の興味・関心にも応える1冊.

■著者からのメッセージ

心理療法に対する社会の要請は,最近ますます高まりつつある.事故・災害・犯罪などによる被害者のこころのケア,育児の支援,高齢者のケアなど,多くの領域において,臨床心理士の仕事に期待がかかり,実際に,いろいろな場面において臨床心理士はそれに応えて活動している.このような仕事の根本に,心理療法ということが存在している.
 心理療法という言葉は,英語のpsychotherapyの訳語である.本書にも詳しく述べているように,それは医学モデルによる「治療」とは異なるものである.医学の場合は,病気の原因を明確にし,それに対して薬によったり,手術によったりして,原因を除去するという方法がとられる(…).これに対して,心理療法の場合は,根本的にはクライアントの潜在的可能性に頼る,というところがあり,「病気を治す」というイメージよりも,その人の本来的な生きる道筋に沿ってゆく,というイメージの方が強いのである.

……心理療法家には,人間が生きることに関する「体験知」が要求される.単なる知的な知識のみをもっていても心理療法はできない.それは「体験知」であるという意味において,書物によって伝えるのは非常に難しい.その点を少しでも克服しようとして,いろいろと工夫をしながら本書を書いたので,一般的な心理療法の「入門書」とは相当に趣きを異にしている,と感じられることであろう.しかし,筆者としては,心理療法家になろうとする人は,ここに書かれていることぐらいは「入門」として読んでいただきたいと願っている.
 もちろん,心理療法にはいろいろな考え方や方法がある.もっと「科学的」な心理療法を目指している人もある.しかし,本書に述べているように,心理療法の根本にある「関係性」ということを無視することは,どうしてもできないので,その点をどう考えるかを不問にして論をすすめないようにして欲しいと思う.心理療法は,まさに生きている人間にかかわることだから,人間一人ひとりすべて異なることを考えても,いろいろな心理療法があるのは当然である.したがって,本書を読んで得たヒントによって,読者がそれぞれ自分の個性にふさわしい方法なり考え方を見出して下さるといいと思っている.

……最近のわが国の大きい社会問題のひとつとして,中年男性の自殺の増加現象がある.「中年の危機」の問題については,筆者は早くから論じていたが,現在の不況とも関連して,それが非常に深刻な形で顕われてきたと感じている.一家の支柱であり,社会の中堅である人が自ら命を絶ってしまうことは,実に大きい損失であり,これらの人に対して何らかの援助ができなかったのだろうか,と思ってしまう.
 とは言うものの,中年の危機に直面している人に会うには,心理療法家も相当な体験知を身につけていなくてはならないのは当然である.正直なところ,それがしっかりできる臨床家は社会の要望に比して,まだまだ数が少ないのではなかろうか.筆者が臨床心理士の養成や研修にできる限りの力をつくしているのも,このためである.臨床心理士は心理療法の能力を高めるために,常に研修を怠ってはならない.この書物があくまで「入門」の書物であることを心に留めて,これを入口として,ますます研究,研修に励んでいただきたいと思う.
 本書の最終章に記しているように,個人と社会とは,思いがけなく深くかかわっていると思う.個人のことにかかわるのは,社会にかかわるのと同じであるし,社会のことを考える人が,そこに含まれる個々の人間のことをないがしろにしていては,あまり有効な考えはでて来ないだろう.
 筆者は,自分の前にいる個人をひたすら大切にして考える心理療法を主として仕事をしてきたが,そのことを基にして社会に対して発言し,社会のことについても実際にいろいろ仕事をしなくてはならなくなった.それもある程度一般に認められるようになったのは,筆者の方法論がそれほど間違っていなかったからだ,と思っている.これからは,社会や国に対してしなくてはならぬことも増えてくるが,やはり基本に,一人の生きた人間を大切にする,ということがあるのを忘れないようにしたいと思っている.
 本書は心理療法の入門書であるが,以上に述べてきたような趣旨によって,臨床心理学のみならず,人間の生きることに関連する他の領域の方々が読まれても,あんがい役に立つのではないかと思っている.人間の生き方について考えようとする人たちに,本書が少しでもお役に立てば,筆者としてまことに有難いことと言わねばならない.
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