歴史経験としてのアメリカ帝国
米比関係史の群像
米比のゆらぎ続ける自他の境界に分け入り,帝国アメリカの論理の歴史性と固有性をあぶりだす.
20世紀初頭,アメリカが史上初の大規模な海外派兵で征服して以来,アメリカにとっていつも「都合のよい他者」だったフィリピン.イラク戦争の現在と対話しつつ,からみあうデモクラシー,ゆらぎ続ける自他の境界をめぐる米比百年の歴史経験をたどり,帝国アメリカの論理をあぶりだし,帝国を生きる人々の生存戦略を語り直す.
■著者からのメッセージ
本書は,過去10年間の私の米比関係史研究を,全くのフリースタイルでまとめなおし,書き下ろしたものです.イラク戦争の「現在」という地点から,アメリカ合衆国が同国史上初めての大規模な海外派兵(米比戦争,1899-1902年「平定」宣言)によって征服した国フィリピンをめぐる,1世紀あまりにわたる歴史経験を,多様な角度からふり返ること.これが本書で私が試みようとしたことでした.
米比戦争は,数千名にのぼる米軍戦没者はもちろん被征服社会の側に無数の犠牲者を出した一方的な征服戦争であった点でも,国論を二分する反戦・反帝国主義運動がアメリカ国内で巻き起こった点でも,ベトナム戦争やイラク戦争の現在を思わせる出来事でした.しかし,今日この戦争の過去が米比両国で語られることはほとんどありません.そして,フィリピンはアジアのなかで日本とならぶ「親米」国家としての道を歩んでいます.1990年代には,第2次世界大戦で日本と戦った2万人を超えるフィリピンの退役軍人たちがアメリカ市民権を取得して,その多くが高齢をおしてアメリカに移民するという,日本では考えられない出来事も起きました.
アメリカを拒んだベトナム,アメリカを拒みつつあるイラクと較べて,いかにもアメリカにとって「都合のよい」存在のように見えるフィリピン.この国をめぐるアメリカとフィリピンの人々の歴史経験は,どのように語られてきたのか.また,どのように語りなおすことができるのか.これが本書のいちばんの問いとなっています.
本書の序章はイラク戦争開戦後初めてのアメリカのベテランズ・デイ(2003年11月11日)にアーリントン国立墓地で営まれたイラク戦没フィリピーノ・アメリカン兵士の小さな追悼集会から始まります.終章では,その1年後(2004年)のベテランズ・デイに再び営まれた追悼集会と,この日スミソニアン国立アメリカ史博物館で公開されたアメリカの戦争史を展示した「自由の代償」展の風景が描かれます.このように21世紀初頭,イラク戦争の「現在」(それはたちまち「過去」になってしまうことではありますが)と対話しながら,本書は,1898年の米西戦争,1899年から始まった米比戦争,フィリピンがアメリカにとって「見えない植民地」となり,アメリカ植民地下フィリピンで「敗者のアメリカニゼーション」が営まれていった経緯,第2次世界大戦後冷戦期におけるCIA工作員ガブリエル・カプランと黒人社会学者アーネスト・ニールのフィリピン体験,1990年代にいたる基地問題の展開,そしてフィリピーノ第2次世界大戦ベテラン高齢者のアメリカ移民問題など,米比を包摂する「アメリカ帝国」という空間のなかでさまざまの歴史経験を生きた人々の群像を描いています.本書で初めて米比関係史に触れる読者の皆さんにも,アジア太平洋を往来した人々の姿が少しでも粒だって見えるように努めて書いたつもりです.
アメリカとフィリピンの境界をめぐる「彼ら」の物語は,事情は全く異なるとはいえ,アメリカに対する敗者としての戦後を歩んできた日本の私たちにとって決して他人事ではないばかりか,実は私たち自身がそこに深く絡み合う物語でもあります.このような歴史のイメージを読者の皆さんが本書からすくいとってくれればありがたいと私は願っています.
■著者からのメッセージ
本書は,過去10年間の私の米比関係史研究を,全くのフリースタイルでまとめなおし,書き下ろしたものです.イラク戦争の「現在」という地点から,アメリカ合衆国が同国史上初めての大規模な海外派兵(米比戦争,1899-1902年「平定」宣言)によって征服した国フィリピンをめぐる,1世紀あまりにわたる歴史経験を,多様な角度からふり返ること.これが本書で私が試みようとしたことでした.
米比戦争は,数千名にのぼる米軍戦没者はもちろん被征服社会の側に無数の犠牲者を出した一方的な征服戦争であった点でも,国論を二分する反戦・反帝国主義運動がアメリカ国内で巻き起こった点でも,ベトナム戦争やイラク戦争の現在を思わせる出来事でした.しかし,今日この戦争の過去が米比両国で語られることはほとんどありません.そして,フィリピンはアジアのなかで日本とならぶ「親米」国家としての道を歩んでいます.1990年代には,第2次世界大戦で日本と戦った2万人を超えるフィリピンの退役軍人たちがアメリカ市民権を取得して,その多くが高齢をおしてアメリカに移民するという,日本では考えられない出来事も起きました.
アメリカを拒んだベトナム,アメリカを拒みつつあるイラクと較べて,いかにもアメリカにとって「都合のよい」存在のように見えるフィリピン.この国をめぐるアメリカとフィリピンの人々の歴史経験は,どのように語られてきたのか.また,どのように語りなおすことができるのか.これが本書のいちばんの問いとなっています.
本書の序章はイラク戦争開戦後初めてのアメリカのベテランズ・デイ(2003年11月11日)にアーリントン国立墓地で営まれたイラク戦没フィリピーノ・アメリカン兵士の小さな追悼集会から始まります.終章では,その1年後(2004年)のベテランズ・デイに再び営まれた追悼集会と,この日スミソニアン国立アメリカ史博物館で公開されたアメリカの戦争史を展示した「自由の代償」展の風景が描かれます.このように21世紀初頭,イラク戦争の「現在」(それはたちまち「過去」になってしまうことではありますが)と対話しながら,本書は,1898年の米西戦争,1899年から始まった米比戦争,フィリピンがアメリカにとって「見えない植民地」となり,アメリカ植民地下フィリピンで「敗者のアメリカニゼーション」が営まれていった経緯,第2次世界大戦後冷戦期におけるCIA工作員ガブリエル・カプランと黒人社会学者アーネスト・ニールのフィリピン体験,1990年代にいたる基地問題の展開,そしてフィリピーノ第2次世界大戦ベテラン高齢者のアメリカ移民問題など,米比を包摂する「アメリカ帝国」という空間のなかでさまざまの歴史経験を生きた人々の群像を描いています.本書で初めて米比関係史に触れる読者の皆さんにも,アジア太平洋を往来した人々の姿が少しでも粒だって見えるように努めて書いたつもりです.
アメリカとフィリピンの境界をめぐる「彼ら」の物語は,事情は全く異なるとはいえ,アメリカに対する敗者としての戦後を歩んできた日本の私たちにとって決して他人事ではないばかりか,実は私たち自身がそこに深く絡み合う物語でもあります.このような歴史のイメージを読者の皆さんが本書からすくいとってくれればありがたいと私は願っています.
序章
第一章 刻まれた征服戦争――アーリントン国立墓地から
一 米西戦争
二 フィリピン併合
三 米比戦争
第二章 「見えない植民地」のつくりかた――カラー・ラインとフィリピーノ
一 19・20世紀転換期アメリカ社会との遭遇
二 フィリピン併合とカラー・ライン
三 非編入領土の合衆国人フィリピーノ
第三章 敗者のアメリカニゼーション――アメリカ植民地下の国民国家形成
一 アメリカ植民地支配とフィリピーノ・エリート
二 国民国家形成とアメリカニゼーション
三 日本占領の歴史的衝撃――奪われた選択肢――
第四章 選挙のアナーキー――コールド・ウォリアーズのフィリピン体験(1)
一 コールド・ウォリアーズの肖像
二 ふたつの選挙デモクラシー
三 コールド・ウォリアーズの「成功」物語
第五章 「自助」の福音――コールド・ウォリアーズのフィリピン体験(2)
一 コミュニティ・ディベロップメントのアメリカ的起源
二 「自助」の福音
三 「自助」の難問(アポリア)
第六章 基地問題と植民地関係の「終焉」
一 冷戦初期の基地問題
二 マルコス時代の基地問題
三 基地関係の終焉
第七章 ビー! アメリカン――フィリピーノ第二次世界大戦ベテラン移民とフィリピーノ・アメリカン・コミュニティ
一 フィリピーノ・ベテラン差別是正問題の60年
二 フィリピーノ・アメリカンの語り方
三 ベテランを支援する人々
四 コミュニティ・イシューの語り方
終章
後記
注
人名原語対照/略表記一覧
後記
第一章 刻まれた征服戦争――アーリントン国立墓地から
一 米西戦争
二 フィリピン併合
三 米比戦争
第二章 「見えない植民地」のつくりかた――カラー・ラインとフィリピーノ
一 19・20世紀転換期アメリカ社会との遭遇
二 フィリピン併合とカラー・ライン
三 非編入領土の合衆国人フィリピーノ
第三章 敗者のアメリカニゼーション――アメリカ植民地下の国民国家形成
一 アメリカ植民地支配とフィリピーノ・エリート
二 国民国家形成とアメリカニゼーション
三 日本占領の歴史的衝撃――奪われた選択肢――
第四章 選挙のアナーキー――コールド・ウォリアーズのフィリピン体験(1)
一 コールド・ウォリアーズの肖像
二 ふたつの選挙デモクラシー
三 コールド・ウォリアーズの「成功」物語
第五章 「自助」の福音――コールド・ウォリアーズのフィリピン体験(2)
一 コミュニティ・ディベロップメントのアメリカ的起源
二 「自助」の福音
三 「自助」の難問(アポリア)
第六章 基地問題と植民地関係の「終焉」
一 冷戦初期の基地問題
二 マルコス時代の基地問題
三 基地関係の終焉
第七章 ビー! アメリカン――フィリピーノ第二次世界大戦ベテラン移民とフィリピーノ・アメリカン・コミュニティ
一 フィリピーノ・ベテラン差別是正問題の60年
二 フィリピーノ・アメリカンの語り方
三 ベテランを支援する人々
四 コミュニティ・イシューの語り方
終章
後記
注
人名原語対照/略表記一覧
後記
中野 聡(なかの さとし)
1959年生
一橋大学法学部卒,博士(社会学,一橋大学)
一橋大学大学院社会学研究科教授.国際関係史(米比日関係史)専攻
著書
『フィリピン独立問題史――独立法問題をめぐる米比関係史の研究(1929-1946年)』龍渓書舎,1997年(アメリカ学会清水博賞)
池端雪浦,リディア・N・ユ=ホセ編『近現代日本・フィリピン関係史』(共著)岩波書店,2004年
渡辺昭一編『帝国の終焉とアメリカ――アジア国際秩序の再編』(共著)山川出版社,2006年
1959年生
一橋大学法学部卒,博士(社会学,一橋大学)
一橋大学大学院社会学研究科教授.国際関係史(米比日関係史)専攻
著書
『フィリピン独立問題史――独立法問題をめぐる米比関係史の研究(1929-1946年)』龍渓書舎,1997年(アメリカ学会清水博賞)
池端雪浦,リディア・N・ユ=ホセ編『近現代日本・フィリピン関係史』(共著)岩波書店,2004年
渡辺昭一編『帝国の終焉とアメリカ――アジア国際秩序の再編』(共著)山川出版社,2006年
書評情報
朝日新聞(朝刊) 2007年11月25日
受賞情報
第24回大平正芳記念賞