国家論のクリティーク

国家をめぐる思考の陥穽を明らかにし,国家とその権威とを従来の政治的批判の呪縛から解き放つ.

国家論のクリティーク
著者 イェンス・バーテルソン , 小田川 大典 , 青木 裕子 , 乙部 延剛 , 金山 準 , 五野井 郁夫
ジャンル 書籍 > 単行本 > 政治
刊行日 2006/08/30
ISBN 9784000228664
Cコード 0031
体裁 四六 ・ 上製 ・ カバー ・ 374頁
在庫 品切れ
現在,国家の退場が語られる一方で,私たちは「退場後」の政治秩序を明確には想像することができない.国家という概念と,それが過去1世紀に被った変化の検討を通して,これまでの国家をめぐる思考の陥穽を明らかにし,国家とその権威とを従来の政治的批判の呪縛から解き放つ.政治的なものに関する問いを再政治化する試み.

■訳者からのメッセージ

グローバル化が進む現在,「国家」はいずれ消えてしまうだろうということがしばしばいわれます.しかし,「国家」が消えた後に現れるであろう世界がどのようなものであるかということを,近代の政治学は構想することすらできません.なぜかといえば,近代の政治学そのものが,国家という概念を中心にして組み立てられているからです.本書『国家論のクリティーク』は,こうした近代政治学の国家論的な特質――要するに明示的にであれ暗示的にであれ国家概念を前提にしないと何も考えることができないという奇妙な性格のことです――についての系譜学的考察の試みです.
 但し,系譜学といっても,それは過去の歴史の中によく似た一連の「系譜」のようなものを探り出すというようなことではありません.永井均さんの巧みな整理に従うならば,系譜学とは,解釈学とはっきり対置されなければならないような歴史認識のことです.すなわち,解釈学が現在の自己解釈と記憶を自明視し,「自分の人生を成り立たせているといま信じられているもの」を探求する歴史認識であるのに対し,系譜学は,現在の自己解釈と記憶を疑い,その偶然的な成り立ちを歴史的に問い直します.永井さん曰く,系譜学は「これまで区別されていなかった実在と解釈の間に楔を打ち込み,解釈の成り立ちそのものを問うのであり,記憶の内容として残ってはいないが,おのれを内容としては残さなかったその記憶を成立させた当のものではあるような,そういう過去を問うのだ.だからそれは,現在の自己を自明の前提として過去を問うのではなく,現在の自己そのものを疑い,その成り立ちを問うのであり,いまそう問う自己そのものを疑うがゆえに,それを問うのである」(『転校生とブラック・ジャック』岩波書店,2001).
 本書の議論につきあう際に念頭におくべきもう一つの重要なポイントは,バーテルソンが国家概念と批判の関係を問題にしている点です.本書の結論によれば国家概念は近代の政治言説を基礎づけ,構成し,呪縛し続けてきたわけですが,少なくとも現象面からいえば,二〇世紀の政治理論において,国家概念が激烈な批判に繰り返し晒されてきたという事実があります.つまり,国家概念は,そのような激しい批判を浴び続けたにもかかわらず――あるいはバーテルソンが繰り返し述べているように,まさに批判に晒されたがゆえに――近代の政治言説に対して絶大な影響力を及ぼし続けたことになります.こうした事実を踏まえ,バーテルソンはその系譜学的なまなざしを,国家概念の呪縛力だけでなく,国家概念と批判との知られざる共犯関係にも向けています.近代という時代の有り様を根本的に規定している批判という営みは,国家概念の呪縛力を断ち切るどころか,むしろ維持し,強化してきたのではないか.―これは,本書におけるもっとも重要な論点の一つです.
 このように本書は,近代の政治言説において国家概念が行使してきた――そして現在も行使し続けている――影響力の系譜学的分析をその主眼としているわけですが,こうした研究成果が国際政治理論研究の中から現れたということは,非常に重要なことではないかと思います.政治学研究という営みが,日常的に「政治現象」だと自明視されている様々な「現実」を無批判に追いかけることではなく,むしろそうした「現実」に振りまわされないための思考のレッスンであるとするならば,本書は極めて重要な政治学研究の成果であるといえるでしょう.そのことがこの訳書を通じて少しでも読者に伝わることを,訳者の一人として心から願っています.
(小田川 大典)
まえがき

第一章 批判の精神
国家概念の分析/政治概念の分析/国家概念の分析――はざまの時代を超えて

第二章 生きている博物館の荷解き
  国家とその二重性/国家と学問的同一性の探究/自律性と再帰的政治の探求/権威と立法者の科学の探究

第三章 国家概念の放逐
  一元論の再構成/一元論批判の展開/多元性の不純性

第四章 国家概念の再利用
  多元主義の再構築/多元主義への反論/相対的自律性

第五章 国家概念の解消
  近代性の再構築/国家の脱自然化/国家の時間化/国家の彼岸

結論


訳者あとがき
参考文献



書評情報

朝日新聞(朝刊) 2006年10月29日
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