移民社会フランスの危機

2005年11月パリ郊外で,なぜ移民「暴動」が起きたのか.平等理念と共和国的統合モデルを問い直す.

移民社会フランスの危機
著者 宮島 喬
ジャンル 書籍 > 単行本 > 社会
刊行日 2006/11/28
ISBN 9784000221610
Cコード 0036
体裁 四六 ・ 上製 ・ カバー ・ 266頁
在庫 品切れ
2005年11月,「人権の母国」フランスのパリ郊外で,なぜ移民たちの「暴動」が起きたのか.その社会的背景をさぐり,「大革命」以来培ってきた「平等」理念と「共和国的」統合モデルが今なお有効なのかを問い,今後に求められる変化を展望する.長年この移民統合問題を追究してきた著者による書き下ろしの論考.

■著者からのメッセージ

 ほぼ一年前のこと,「パリ郊外で移民の「暴動」」のニュースと,紅蓮の炎に包まれる車の映像が飛び込み,人々を驚かせた.私にもショックだったが,意外感といったものはなく,「起こっても不思議ではないことが起こった」という感情がまず先に立った.
 フランス人が自ら「移民社会」と称するとき,そこに何ほどか誇らしさの感情がこめられている.一世紀このかた,外からの絶えざる人流によってこの国は経済的存立と文化的豊かさを維持してきた.ここで活躍した人物にモディリアーニ,ピカソ,ヨネスコ,ベケット,クリステーヴァ,イヴ・モンタン,アズナブール,ブレル,ムスタキなど数々の外来者がいるのは周知の通り.「移民」とは呼びにくいユダヤ系にまで広げると,二十世紀フランスは数人の首相,そして枚挙に暇がないあまたの教授や芸術家をもってきた.だが,その彼らと,今郊外の町々で差別への不満をぶつける移民たちとの落差はあまりに大きい.時代は移り,今や移民の過半はマグレブ三国,ブラックアフリカ,トルコなど非ヨーロッパ系によって占められ,彼らに高失業,社会的排除が特に重くのしかかっている.国籍上「フランス人」となったマグレブ系青年でも雇用に就くのに悪戦苦闘している事例があまりにも多い.共和国的な平等はもはや「神話」となったのか.
  理念を重んじるこの国では,「平等」は,実際的問題である以上にフィロソフィーの問題である.この種の事柄では没理念,プラグマティズムに終始しがちな日本に比べ,議論に厚みがある.である以上,そのフィロソフィーを問わねばならない.私はかねて,フランス的「平等」理念が,歴史的にきわめて重要な役割を果たしながら,今,現実との間にギャップを生んでいることを書いてきて,折があればそのことを主題に移民社会危機論をまとめたいと思っていた.はからずも05年11月の事件がそれを急がせることになった.
 法の下での個人の平等,人々を民族,宗教,出自などの属性にかかわりなく等価の個人として扱うこと,国籍取得に道を開き「フランス人」への参入を容易にすること,などが移民の統合の「共和国モデル」とされてきた.いかにも普遍的形式をとる「平等」論だが,実際に社会生活場面では属性による差別が行われる.教育面では文化的ハンディへの援助が弱い,雇用差別への有効な監視が働かない,宗教文化のスティグマ化も行われている,など現実とのギャップは大きい.批判するだけではすまない.このギャップを埋めるのに,「平等」の考え方をどう転換すべきか.「アングロ-サクソン的」と人々が敬遠する平等モデルをも知るべきだろう.他国に学ぶという課題を含め,フランスが移民の平等と統合の施策でどんなオルタナティヴをもてるか,その辺りを本書はかなり重点的に論じたつもりだ.
 以上とならび,今一つの主題として,比較的新しい,正規の滞在資格をもてない移民たち,「サン・パピエ」(書類なき人々)にも言及した.人道的その他の理由からの正規化は,移民社会が当然にもたなければならない成員の救済作用だろう.そして,それは長らくフランスの伝統でもあった.それが今,高技能移民優遇策と抱き合わせの「新移民法」によって制限されようとしている.これも危機の一様相だ.サン・パピエの訴えに,市民社会がどれだけ熱い,厚い支援態勢をとれるか,筆者はこの点も無視できないと考えた.
 事態は激しく動いていて,本書の考察は出発点にすぎないだろう.以上の「危機」の意味を,関心ある読者とともに,さらに考えていくことを希望している.
 はしがき
プロローグ 「移民社会」フランスの危機
         ――なぜ今「平等」を問うか
第1章
ヨーロッパ移民社会の転換とフランス
第2章
フランス的平等と「共和国モデル」
第3章
「フランス人になること」と平等の間
 ――移民にとっての国籍
第4章
社会的統合の危機
第5章
平等の再定義へ
 ――エガリテとエキテ
第6章
ポジティヴ・アクションへ
 ――「優先教育地域」施策を中心に
第7章
移民の文化とそのスティグマ化
 ――「ライシテ」は平等なのか
第8章
強まる排除と行動する移民
エピローグ
 あとがき
 関連年表
 引用・参考文献
宮島 喬(みやじま・たかし)
1940年生
1967年東京大学大学院社会学研究科博士課程中退
お茶の水女子大学教授,立教大学教授をへて
現在,法政大学大学院教授
主要著作
『ヨーロッパ市民の誕生』(岩波新書)
編著『岩波小辞典 社会学』(岩波書店)
『デュルケム理論と現代』『ひとつのヨーロッパ いくつものヨーロッパ』『ヨーロッパ社会の試練』(以上,東大出版会)『文化的再生産の社会学』(藤原書店)『文化と不平等』『共に生きられる日本へ』(以上,有斐閣)ほか

書評情報

都市問題 第98巻第4号(2007年4月)
日本経済新聞(朝刊) 2007年2月25日
読売新聞(朝刊) 2007年2月4日
朝日新聞(朝刊) 2007年1月21日
信濃毎日新聞(朝刊) 2007年1月21日
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