これは誰の危機か,未来は誰のものか

なぜ1%にも満たない富裕層が世界を支配するのか

食糧危機,貧困層の増大などの現状をどう突破するか.『なぜ世界の半分が飢えるのか』のS.ジョージが説く.

これは誰の危機か,未来は誰のものか
著者 スーザン・ジョージ , 荒井 雅子
ジャンル 書籍 > 単行本 > 社会
刊行日 2011/12/21
ISBN 9784000229173
Cコード 0036
体裁 四六 ・ 上製 ・ 318頁
在庫 品切れ
金融の崩壊,格差の拡大,貧困層の増大.この危機をつくったのは私たちではないが,この危機を突破するのは私たちにしかできない.『なぜ世界の半分が飢えるのか』の著者が,現在の食糧・水・環境問題の危機的状況を平易に解説,生存可能性の未来へと私たちを導く.著者は言う.「一刻の猶予もない.立ち上がるしか,道はない!」

■著者からのメッセージ

「貧困と格差の壁」の章でご覧いただくとおり,日本は他の国の範というべき,先進世界で最も平等な国です.富の巨大な格差が社会の最上層と最下層を引き裂くことのないよう選択を重ね,こうした政策は多大な影響を及ぼしてきました.平等度が高ければ,平均寿命も長く,心身の健康状態も良好.犯罪,非行,薬物・アルコール依存が少ない.中途退学,望まない妊娠が少なく,肥満,刑務所も少ない――枚挙に暇がありません.米国やイギリスに存在する極端な格差の影響はみな,財政的にも社会の絆の破壊という点でもきわめて高くつく.日本はそういうコストを払う必要がありません.
 残念ながら環境面で日本は大きな犠牲を払い,2011年は壊滅的な年となってしまいました.言うまでもなく地震と津波を地球温暖化のせいにはできませんが,温室効果ガス排出の増加ですでに極端な気象現象が頻発,深刻化し,現にこれを書いている時点で,太平洋の熱帯暴風雨帯,特にフィリピンと香港で猛威を振るっています.
 (中略)
 日本の危機に対するみなさん自身の解決はみなさんの文化に則したものであるべきですが,福島の危機で日本の社会運動が敢然として政府と財界に要求を出し,政財界関係者が深々と頭を下げて謝罪しただけで逃げおおせるのを許さないことに,西欧でも多くの者が強く共感しています.福島での事故は原子力に永遠の別れを告げよという警鐘だと私自身は考えており,西欧の反核運動が日本の運動との連携をはるかに密にしているのは心強いことです.それはだれにとっても望ましいはずです.
 日本には課題があると同時に,誇れるものがたくさんあります.本書が微力ながら,みなさんの思索と築きつつある成果に貢献できることを願ってやみません.
(「日本の読者のみなさんへ」より

■訳者からのメッセージ

日本では危機に追い討ちをかけるように,東日本大震災が発生し,東京電力福島第一原子力発電所の原発震災が引き起こされた.ジョセフ・スティグリッツは金融危機と原発事故の共通性を指摘し〔“Gambling with The Planet”(地球を賭けた賭け)〕,損失を社会化して利益を私有化するシステムは必然的にリスク管理に失敗し,計り知れない被害を及ぼす危険を想定できないと述べている.本書が明らかにする金融支配の構造は,未曾有の原発震災を招き,被害を拡大させている構造そのものだ.さらに推し進められようとしているTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)は,まさに著者が批判する,企業にとっての「自由」貿易となる恐れが強い.
 どうすればこの危機の牢獄から自由になれるのか.本書はグリーン・ニューディール政策,金融取引税,欧州連合債権など数々の理性的,現実的な提言に多くのページを割いている.欧州連合では,2011年9月末,欧州委員会が加盟27カ国で金融取引税を導入する法案をようやく提出し,共通債券も11月正式協議に入ったが,イギリスやドイツが難色を示す.一方で欧州連合は9月に六つの「経済ガバナンス向上」策を成立させ,政府債務削減や緊縮予算に消極的な加盟国に制裁として預託金を課すとともに,労働者保護などを最低水準に揃える圧力をかけている.加盟国政府・市民の主権の侵害と新自由主義の推進につながるこの政策を,EU官僚機構による静かな「クーデター」と著者は呼ぶ〔“Coup D’Etat in the European Union?”(欧州連合でクーデター?)〕.著者が本書で繰りかえし言うとおり,自由への鍵は民主主義と社会的多様性にあり,変化は市民の意思と行動なしには実現しない.
 2011年は不公正に対する市民の怒りが世界中で噴出した年だった.チュニジアで自ら命を絶った青年からカイロのタハリール広場へ,5月にはマドリードで緊縮財政に抗議する「怒れる者たち」,九月に明治公園を埋めた六万人を初めとする日本各地の脱原発市民デモ,そしてウォール街の占拠が「1%の彼らに私たち99%の未来を決めさせない」と宣言して,大きなうねりになった.若者の失業率が40%を超すスペインなど欧米の事情を目の当たりにする著者は日本を平等社会と見るが,日本も格差拡大・不安定雇用増加を免れず,相対貧困率の高さや再分配機能の欠如などの問題を抱え,自殺の最多発国の一つだ.怒りと危機感を私たちはみな共有している.「彼ら」の手から「私たち」の手に未来を取り戻す歴史的な時に,本書のメッセージは大きな意味をもっている.
(「訳者あとがき」より
日本の読者のみなさんへ


序 章 自由を選び取る
同心円/壁/ダボス階級/脱出路/牢獄の原理と実践/本書でご期待に添えないこと/数字について


第一章 金融の壁
なぜこうなったのか/教義/資本の勝利/「金融化」とレバレッジ/銀行が銀行でなくなるとき/政府を抱き込む/プライム,サブプライム,犯罪,犯罪未満/「だれもこうなるとは思わなかった」とはどういう意味か/お寒い規制/世界最大の救難作戦/授かったホルモン=授かるボーナス


第二章 貧困と格差の壁
研究を食わせておけ/金持ちを研究せよ,貧困層ではなく/格差はみなに重くのしかかる――最底辺層だけではない/危機はどのように南を襲ったか/雇用の蒸発/出口は?


第三章 最も基礎的な必需品


第一部 食糧
見せかけの平穏/数十年にわたる無関心と破壊的「解決策」/新たな食糧問題――前例はないが予測はついた/事実とフィクション/飢餓を招く独創的新手法/「自由貿易」,そして忌み嫌われるその反意語/食糧安全保障か食糧主権か


第二部 水――最高の資本主義商品
水の権利,水の不足――自然,経済,社会の面から/人為的影響――かつては見えなかった新たな危険/水の権利とその闘い/独占の功罪/もう一つの水の世界は本当に可能だ


第四章 紛争の壁
暴力は遺伝子に組み込まれたものではない/戦争からの脱却/地球温暖化否定論者は健在/水戦争――過去,現在,未来/「汝平和を欲せば,戦争に備えよ」は依然として真実か/市民の責任


第五章 私たちの未来
インセンティブ,報酬,上限/グリーン・ニューディール政策/今すぐ,銀行を市民の管理下におく/企業救済ではなく,剣を鍬に変えよ/もしもし,南の債務をお忘れではありませんか?/クリーンで,グリーンで,……しかもリッチに/金,大金,税金/課税を妨害するEU/打開か破綻か/トービンか,否か/タックスヘイブンは天国/会計学は退屈なものではない/交通,貿易,グリーンテクノロジー/ヨーロッパのニーズに応じたユーロ債発行/未来


結び

訳者あとがき
スーザン・ジョージ(Susan George)
アメリカ生まれ.76年刊行の『なぜ世界の半分が飢えるのか』(邦訳80年,朝日新聞社.現在は朝日選書)が世界的ベストセラーとなる.以後,反グローバリズムの旗手として,政治経済の動向を鋭い筆致で描き続けている.邦訳はほかに『債務危機の真実』,『世界銀行は地球を救えるか』(いずれも朝日選書),『WTO徹底批判!』,『オルター・グローバリゼーション宣言』,『アメリカは,キリスト教原理主義・新保守主義に,いかに乗っ取られたのか?』(いずれも作品社)など多数.

訳:荒井雅子(あらい まさこ)
上智大学外国語学部フランス語学科卒業.翻訳業.訳書に『チョコレートの真実』『ハーフ・ザ・スカイ』(いずれも英治出版)など,共訳書に『冬の兵士――イラク・アフガン帰還米兵が語る戦場の真実』(岩波書店),『爆撃』(岩波ブックレット).TUP(平和をめざす翻訳者たち)メンバー.

書評情報

日本経済新聞(朝刊) 2012年2月12日
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