歴史教科書 何が問題か

徹底検証Q&A

「つくる会」の教科書ってどんな本? 中学生が歴史を学ぶのに,ふさわしい教科書なの? 歴史研究者らが徹底検証.

歴史教科書 何が問題か
著者 小森 陽一 , 坂本 義和 , 安丸 良夫
ジャンル 書籍 > 単行本 > 教育
日本十進分類 > 社会科学
刊行日 2001/06/25
ISBN 9784000025256
Cコード 0037
体裁 A5 ・ 並製 ・ カバー ・ 256頁
在庫 品切れ
これまでの教科書を「自虐的」と決めつけてきた「新しい歴史教科書をつくる会」の歴史教科書が,検定を合格した.それはどんな歴史観によって書かれているのか.中学の教科書として果たしてふさわしいか.なぜ,どの点が中国,韓国の批判を受けるのか.歴史研究者,文学研究者らが徹底検証.QアンドAでやさしく解説する.大江健三郎・加藤周一・成田龍一・佐藤学・深谷克己・李成市・溝口雄三・目取間俊・若桑みどり・橋本治・斎藤美奈子・高崎宗司・加納実紀代ほか多数執筆.


■編者からのメッセージ
 「新しい歴史教科書をつくる会」主導の中学校歴史教科書(扶桑社刊)は,国内で,また国際的にも,きびしい批判を受けています.なぜでしょうか.
 本来,教科書は,学界の研究成果をとり入れた手堅い学識と,行き届いた教育的配慮とに基づいて書かれるべきものです.
 ところが,この教科書は,文部科学省がつけた137カ所の修正,それも些細な訂正ではなく,執筆者の歴史認識と抵触するような指摘をも含む検定意見を,「屈辱的だ」と言いながらも,ひたすら検定合格という目的達成のために全部呑む,という経過をたどって作成されました.そのことを見ても,執筆者の学問的な見識と誠実さが疑われるのです.
 その上,文部科学省の検定意見は,学習指導要領という形で定められた,教科書としての最低限の基準を示しているようですが,この基準そのものにも問題があります.とくに,政府は,この教科書の歴史観は政府の見方と同じではないと弁明していますが,これを「教科書として適当である」と判断した,その判断基準が,実は問題なのです.
 したがって,この扶桑社版には,なお多くの重要な問題が残されています.
 では,この教科書の何が問題なのでしょうか.その点を,扶桑社版の内容に即して徹底的に検証するのが,この本の目的です.
 そこで,まずIで,この本の基本的な視点を述べます.
 次にIIで,扶桑社版に書いてあることと,書いてないこととの,それぞれについて,根本的な問題点を検証します.
 まず,書いてあることについては,IIの1で,主に事実の誤りや記述の不的確さを指摘します.どのような政治的・思想的立場に立つ人であろうと,この誤りは認めざるをえず,したがって,こうした誤りがある本を教科書として使っていいのだろうかと,誰もが疑うような欠陥の指摘です.
 書いてあることのもう一つの問題は,歴史の記述や解釈の歪曲です.そこで,現在の研究成果や学問的常識からして,いかにも無理な,意図的とも思われる歪めた記述を指摘します.
 こうした歪曲の底には,最新の研究成果を無視あるいは軽視しても自分の歴史解釈を主張する,という姿勢があると思われます.ここでは,その基底にある歴史観を問題にする必要があります.
 扶桑社版は,ある程度その歴史観を明示しており,それにはこの本で批判を加えますが,実際には,歴史観を暗黙の前提として,歴史記述をしている場合が少なくありません.そこで,IIの後半2では,明示的に書いてない暗黙の歴史解釈が持つ問題点を摘出します.
 また,書いてないことの中で見逃せない,もう一つの問題点として,扶桑社版だけでなく,ほかの出版社の教科書も抹殺した重要な事実があり,それもここで論じます.
 とくに「従軍慰安婦」の記述の欠落に見られる問題については,IIIで,より広くジェンダーの視点からの教科書批判を提起します.
 言うまでもなく歴史教科書は,過去の記憶を刻むだけでなく,次世代とともに私たち一人ひとりが未来を切りひらいて行くための素材です.これは歴史家だけの課題ではありません.そこで終わりにIVとVで,広く各分野の方々に,扶桑社版について,思うところを述べてもらいます.

 扶桑社版を一読して明らかなことの一つは,これは日本の国家エリートの視点に立つ歴史叙述だということです.歴史の中での被支配者や,差別されたり侵略された人々の視点と行動には,きわめて小さな比重しか認めていません.
 昨今,「歴史は物語だ」という言い方が流行っています.絶対に正しい唯一の歴史など存在しないことは確かですが,だからと言って,すべての「物語」が同じ平面に並んでいる訳ではありません.「物語」は,支配・被支配という権力関係に組み込まれており,扶桑社版は,国家の支配エリートの「物語」に焦点をすえています.
 そのことは,この教科書の執筆者が,1945年の敗戦や,それに続く民主化と非軍事化を,“まだ癒えない「傷痕」”と呼ぶような見方につながっています.これは執筆者が,それ以前の旧体制の国家エリートの視点に立っていることを示しています.
 しかし,もし執筆者が民主主義を否定するのでないならば,なぜ日本は自力で民主主義を確立できなかったのか,と率直に自問すべきなのです.なぜ,「外からの革命」なしに日本は民主化できなかったのか,はたして旧支配エリートが民主主義を「自主的に」選んだだろうか,旧日本軍や軍部の解体なしに,民主化ができただろうか.
 それは他面で,国家エリートではなく民衆の歴史の中に,私たちが誇ることのできる民主化の萌芽がどのように生まれてきたか,そのルーツを探ることであり,また戦後の「外からの民主化」を土着化し,自分のものにするために,どのような下からの努力やたたかいが行われてきたかに着目することでもあるのです.下からの民主化のない民主主義などありえないからです.したがって,いま私たちに必要なのは,国家やその支配エリートの視点にしばられない,民衆の歴史や社会史にまで深く掘り下げた教科書ではないでしょうか.

 私たちは,外国からの批判があるから扶桑社版を問題にするのではありません.私たちが日々見聞しているように,21世紀には,国家や民族の壁をこえた交流が急速にふえていくことは明らかです.この時代に,若い世代がアジアの一員,世界の一員として信頼され,自信をもって生きて行くためには,自国自賛をこえた歴史の認識と教育が,私たち自身にとって必要なのだと思います.
  2001年6月
編者
はじめに──編者

Ⅰ 自国への誇りとは何か──加藤周一

Ⅱ 徹底検証Q&A
1 事実の誤り,記述の問題点は何か
 古代史の問題点は何か──李 成 市
 中世史の問題点は何か──山本幸司
 近世史の問題点は何か──深谷克己
 中国観の問題点は何か──溝口雄三
 朝鮮観の問題点は何か──高崎宗司
 東南アジア観の問題点は何か──後藤乾一
2 歴史教科書問題 その全体像を検証する──小森陽一・安丸良夫監修
(Ⅰ)歴史観の特質とは何か
Q1 「新しい歴史教科書をつくる会」の中学校歴史教科書の内容について,その特徴をわかりやすく説明して下さい.
Q2 この教科書の特徴である自国中心史観にはどのような問題点があるのでしょうか.
Q3 戦争は,いつの時代,どこの国でもやっていることだから善悪で判断できないという主張には一理あるのではないでしょうか.
Q4 植民地支配は戦後問題になったことで,戦前にはすべての列強がやっていたのではないですか.
Q5 日本の戦争は,アジアの植民地を西欧から解放するためのものだったという考えをどう見たらよいのでしょうか.
Q6 神話や天皇,「教育勅語」が重視されているそうですが,実際にはどう書かれているのですか.
Q7 この教科書の特徴は,「皇国史観」の復活ということになるのでしょうか.
Q8 この教科書は,どうして国の過去に誇りをもちたい,とこんなにもこだわるのでしょうか.
(Ⅱ)中学教科書としてふさわしいか
Q9 この教科書は,人物を大切にしているので,子どもたちにもなじみやすいように思いますがいかがですか.
Q10 他の教科書で書かれているのに,この教科書に欠けている主題は何ですか.
Q11 この教科書は高校受験に向いた記述になっているでしょうか.
Q12 「従軍慰安婦」について,中学生に教えるのは,年齢的にまだ早いのではないかと思いますが,どうですか.
Q13 扶桑社以外の七社の教科書には問題はないのでしょうか.
(Ⅲ)検定制度,採択をどう見るか
Q14 「つくる会」の教科書が137カ所の修正によっても,全体として変わらなかったというのは本当ですか.
Q15 それほど悪い教科書なら,教師は採用しないと思うし現場で使わなければいいのではないですか.
Q16 検定制度とは,学問と表現の自由を奪うものではないでしょうか.また,検定制度があるから,韓国や中国から批判されるのではないですか.
Q17 中国や韓国から批判されるから,日本の教科書を書き換えなければならないというのはおかしいと思いますが.
Q18 自分の地域の採択に対して,教師として保護者として,どうしたらいいでしょうか.採択されてしまった場合はもう抵抗はできないのですか.

Ⅲ 女たちはどう描かれているか
<対談> 近代の女性・家族・ジェンダーをどう描いているのか──加納実紀代・安丸良夫
儒教的家族国家観への逆行──若桑みどり

Ⅳ ここから新しい人は育たない──大江健三郎

Ⅴ 私はこう思う
山崎朋子/平田オリザ/三好徹/宮崎哲弥/橋本治/高木敏子/比屋根照夫/目取真俊/趙景達/井喬/斎藤美奈子/原武史/大石芳野/入江昭

Ⅵ 資料
近現代史部分の誤りと問題点──荒井信一・和田春樹他
アジアからの反応

書評情報

週刊読書人 2001年12月28日号
週刊文春 2001年8月2日号
日本経済新聞(朝刊) 2001年7月22日
女性ニューズ 2001年7月10日号
朝日新聞(朝刊) 2001年7月2日
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