史上最大の伝染病 牛疫

根絶までの4000年

牛疫は億単位の家畜を死亡させ,その猛威は世界史も変えたといわれる.第一人者が語る貴重な4000年の記録.

史上最大の伝染病 牛疫
著者 山内 一也
ジャンル 書籍 > 自然科学書 > 生命・医学
刊行日 2009/08/27
ISBN 9784000054652
Cコード 0047
体裁 四六 ・ 上製 ・ カバー ・ 196頁
定価 3,080円
在庫 在庫僅少
人類に災厄をもたらした点でペストをしのぐ牛疫.その牛疫がついに地球から姿を消そうとしている.感染症に対する人類の闘いが大成功した数少ない快挙となる.本書は,4000年にもわたるその歴史を振り返り,根絶までの道のりを紹介する.新型インフルエンザ対策への教訓は何か?最先端で研究にあたった第一人者が語る貴重な記録.


■著者からのメッセージ
 古来,もっとも恐れられてきた伝染病は,ペストと天然痘であった.とくにペストは,その別名が「疫病」であることに示されるように,人々を恐怖のどん底に陥れてきた.
 ペストや天然痘にまさる大きな影響を世界史に与えてきた伝染病として牛疫が存在していたことは,ほとんど知られていない.牛疫は4000年前のエジプトのパピルスや旧約聖書にも示されているもっとも古い伝染病である.古代から牛は,農業や輸送などの労働力として利用され,また食糧としても重要な家畜であった.ひとたび牛疫が発生すると,急速に広がってほとんどの牛が死亡した.農業の重要な担い手である牛の死亡は飢饉をもたらした.その結果,牛疫の発生は東西ローマ帝国の分裂の引き金となり,アフリカの植民地化の促進も招いた.
 18世紀に全ヨーロッパをまきこんだ牛疫の大流行は,2億頭の牛の死亡を引き起こし,ヨーロッパの牛は半減したと言われた.牛疫による莫大な被害は獣医科大学の設立,獣医師の職業を生むことになった.現在,口蹄疫,牛海綿状脳症(BSE),トリインフルエンザなどの対策の基本である家畜の大量殺処分という摘発淘汰方式,国際獣医学会議,国際獣疫事務局(OIE)といった,家畜伝染病対策の体制も牛疫がきっかけになって作りだされた.
 19世紀終わりからの微生物学の進展にともない,牛疫の予防に関する科学的研究も推進された.それらの中でも特筆されるのは,日本人科学者の貢献である.とくに1911年に朝鮮半島に設立された牛疫血清製造所では,蠣崎千晴博士が最初の牛疫ワクチン(不活化ワクチン)の開発,これについで,中村治博士の牛疫生ワクチン開発など,当時,世界の最先端の成果が得られた.そして,これらのワクチンにより,中国,朝鮮,台湾,カンボジア,タイ,ベトナムなどの牛疫は撲滅された.
 ヨーロッパの牛疫も20世紀初めにはほとんど撲滅されたが,南アジア,中近東,アフリカでは牛疫の発生は続いていた.20世紀後半からは,国際的な根絶の計画が試行錯誤ののち,成果をあげはじめ,2010年には根絶が期待される段階になった.
 これまでに根絶に成功した感染症は天然痘だけである.その直後から始められたポリオ根絶計画を眺めてみると,日本を含めて先進国のほとんどで排除に成功したが,2000年に達成を目標としていた根絶は,いまだに足踏み状態で見通しはたっていない.一方,麻疹は日本では発生が問題になっていて,2012年に排除を目指してワクチン接種が進められている段階であり,根絶にはほど遠い.
 牛疫は天然痘に次いで根絶される感染症となる.
 筆者は40年あまり牛疫ウイルスの研究に従事している間に牛疫の歴史に魅せられ,膨大な資料を集めてきた.それらを整理して,4000年にわたる牛疫の歴史を振り返り,牛疫の根絶にいたるまでの道のりを紹介することにした.
――本書「はじめに」より抜粋,一部変更
ゴードン・スコットへの謝辞
 はじめに
第1章 牛疫とはどんな病気か
第2章 古代から中世にかけての牛疫
第3章 牛疫が近代獣医学の出発点をもたらす
第4章 世界中に広がりはじめた牛疫
第5章 牛疫の原因はウイルス
第6章 牛疫予防への道のり
第7章 日本でも大きな被害をもたらしていた牛疫
第8章 牛疫対策を中心として進展した日本の家畜伝染病対策
第9章 朝鮮半島と満州での牛疫対策
第10章 第二次世界大戦後も重要だった日本の牛疫対策
第11章 牛疫と生物兵器
第12章 日本人科学者の活躍
第13章 世界的牛疫根絶計画
第14章 牛疫と私

 あとがき
 参考文献
 索 引
山内一也(やまのうち かずや)
1931年生まれ.
北里研究所,国立予防衛生研究所,東京大学医科学研究所教授,日本生物科学研究所主任研究員などを経て,現在,東京大学名誉教授.
著書に『狂牛病と人間』(岩波ブックレット),『エマージングウイルスの世紀』(河出書房新社),『異種移植』(河出書房新社),『プリオン病の謎に迫る』(日本放送出版協会),『ウイルスと人間』(岩波書店)ほか多数.訳書に『異種移植とはなにか』(岩波書店),『カミング・プレイグ』(河出書房新社)ほか.
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