演劇vs.映画

ドキュメンタリーは「虚構」を映せるか

ドキュメンタリー『演劇』のすべてを,作り手,被写体・平田オリザと青年団,岡田利規,宇多丸が完全解剖.

演劇vs.映画
著者 想田 和弘
ジャンル 書籍 > 単行本 > 芸術
刊行日 2012/10/19
ISBN 9784000222884
Cコード 0074
体裁 四六 ・ 並製 ・ 230頁
定価 2,090円
在庫 在庫僅少
話題のドキュメンタリー『演劇』二部作を完成させた気鋭の映画作家が,その制作秘話,虚実のあわいに浮かぶ演劇の魅力,現代社会と演劇の関係について鋭く考察.映画の被写体である劇作家・平田オリザと劇団青年団の俳優・スタッフに加え,岡田利規,ライムスター宇多丸ら,豪華メンバーとの対話を掲載.

■著者からのメッセージ

 劇作家・演出家である平田オリザ氏と,彼の率いる劇団「青年団」にカメラを向けた.そして,それをドキュメンタリー映画『演劇1』『演劇2』(2012年,観察映画第三弾・第四弾)としてまとめた.演劇集団を映画に撮る.しかも合計5時間42分の二部作大長編を.約4年の製作期間をかけて. 平田演劇は,“芝居じみた”不自然な台詞や演技,メッセージ性とは無縁だ.代わりにそれは,平田の視点で世界を描写することに徹している.「混沌とした,ありのままの世界」を舞台に構築して,観客とその世界を共有しようと試みる. だが,「ありのまま」を舞台上に作る作業は,実は非常に人工的で,容易ではない.素人を舞台に上げて即興をしてもらっても,普通は「ありのまま」にはならない.「ありのまま」を舞台に再現するためには,実は綿密な計算や操作,技術や鍛錬が必要だ.だから平田は「現代口語演劇理論」という独特の理論と手法を編み出し,それに沿って綿々と作品作りをしてきた.
 僕はそういう青年団に惹かれ,カメラを向けた.そして,そこに奇妙な入れ子構造があることに気がついた. 僕も「混沌とした,ありのままの世界」を自分の視点で描き,観客と共有したいと思いながらドキュメンタリー映画を作っている.そして,やはり「ありのまま」を映画にする作業は,容易ではない.被写体を漫然と撮って編集したのでは「ありのまま」は映らない.「ありのまま」の再現には,綿密な計算や操作,技術や鍛錬が必要なのだ.だからこそ僕は,「ありのまま」を描くための戦略として,「観察映画」の方法論を試行錯誤で実践しているのである. ありのままの世界を描こうとする平田オリザの世界を,ありのままに描こうとする.映画『演劇』二部作の創作過程で僕がやった作業は,煎じ詰めればこの二重の「ありのまま」と格闘することであったように思う.
 その結果,どうなったか.それは映画を観ていただくのが,一番手っ取り早い.
 そこには二つの「ありのまま」が入り乱れ,時に衝突し,時に共犯関係になり,「演劇とは何か?」「虚構とは何か?」を問い直す作品になったと思う.そして,「演じる生き物」としての人間の本質の一端に,少しは迫ることができたような気もしている.ドキュメンタリーとは常に「虚」と「実」の間で揺れ動くものだが,僕のこれまでの作品中,そのダイナミズムが最も活発に現れた作品であるようにも思う. 本書の第一幕,第二幕,第三幕では,製作過程で僕がぶち当たった困難さ,考えたこと,学んだことなどを,なるべく率直に書き記そうと思う.それはとりもなおさず,「リアルとは何か?」「ドキュメンタリーとは何か?」という問いを追求する作業にもなると思う.
 第四幕では,宇多丸(ライムスター)氏と『演劇』二部作について対談する.鋭い映画批評でも人気を誇るラッパーの宇多丸氏.彼は平田オリザを,そして観察映画『演劇』を,どう観たのか.
 第五幕,第六幕,第七幕では,平田作品の舞台裏を支える照明家の岩城保氏や舞台美術家の杉山至氏,平田オリザ氏,そして青年団の俳優諸氏と語り合う.『演劇』二部作を撮っていた時,彼らとは四六時中同じ空間に居り,嫌というほど顔を突き合わせておきながら,実はほとんど語り合ったことがない.僕らの間には,いつもカメラがあったからである.「ありのままを描く」ということに極めて鋭敏な彼らにとって,観察映画のカメラはどういう存在に映ったのだろうか. 第八幕では,演劇作家・演出家の岡田利規氏と対談.次代を担う気鋭の演劇人で,平田演劇からも少なからぬ影響を受けたという岡田氏との間に,どんな話が飛び出すやら.
 ちなみに,この文章の表題であるゼロ場というのは青年団用語で,いわゆる「客入れ」の段階を示す言葉である.平田演劇では,開場して観客が席に着こうとウロウロしているときから,役者たちが舞台に上がって演じている.つまり演劇はすでに始まっているわけだ.
 本書の「本番」も,もう始まっているのである.
(本書「ゼロ場」より)



■東風

映画配給会社東風のHP=http://www.tongpoo-films.jp/index.html
ゼロ場

第一幕 映画『演劇』に至る道

第二幕 「ありのまま」の入れ子構造

第三幕 編集で紡ぎ出される「リアル」

第四幕 観察映画が四つに組んだ「過剰さ」
対談 宇多丸(ライムスター)

第五幕 虚構を支える技術
鼎談 岩城保,杉山至

第六幕 俺,こんなには働いてないでしょう?
対談 平田オリザ

第七幕 青年団で演じる
座談会 山内健司,島田曜蔵,近藤強,能島瑞穂,古舘寛治,松田弘子,志賀廣太郎

第八章 この仕事が好きなわけ
対談 岡田利規

終幕
想田 和弘(そうだ かずひろ)
 1970年栃木県足利市生まれ.東京大学文学部卒業後渡米,ニューヨークのスクール・オブ・ビジュアルアーツ映画学科卒業.93 年からニューヨーク在中.NHKなどのドキュメンタリー番組を40本以上手掛けたのち,台本・ナレーション・BGM等のない,自ら「観察映画」と呼ぶドキュメンタリーの手法で『選挙』(2007)を完成させる.同作は世界200カ国近くでテレビ放映され,アメリカでは優秀なテレビ番組に与えられるピーボディ賞を受賞,各地の映画祭でも高い評価を受けた.以降の作品に『精神』(2008,釜山国際映画祭とドバイ国際映画祭で最優秀ドキュメンタリー賞など),『Peace』(2010,韓国・非武装地帯ドキュメンタリー映画祭のオープニング作品,東京フィルメックス観客賞,香港国際映画祭最優秀ドキュメンタリー賞など).撮影中から話題だった待望の最新作が二部作『演劇1』『演劇2』(2012),釜山国際映画祭など正式招待である.
 著書に『精神病とモザイク タブーの世界にカメラを向ける』(中央法規出版),『なぜ僕はドキュメンタリーを撮るのか』(講談社現代新書),共著に『ソーシャル・ドキュメンタリー――現代日本を記録する映像たち』(フィルムアート社)がある.
ブログ「観察映画の周辺」http://documentary-campaign.blogspot.jp/
ツイッター@Kazuhiro Soda

書評情報

朝日新聞(夕刊) 2012年10月19日
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