川柳のなかの中国

日露戦争からアジア・太平洋戦争まで

井上剣花坊らリベラルな川柳人の生の軌跡を紹介しつつ,九百句余の川柳に詠まれた中国を時代順に読み解く.

川柳のなかの中国
著者 中村 義
ジャンル 書籍 > 単行本 > 評論・エッセイ
刊行日 2007/08/29
ISBN 9784000236690
Cコード 0095
体裁 四六 ・ 上製 ・ カバー ・ 302頁
在庫 品切れ
社会批評をめざす新時事川柳は日露戦争期に始まる.古島一雄と井上剣花坊,満洲川柳壇の石原青龍刀,関西の小田夢路ら,批評精神を保ち続けた川柳人の生の軌跡を紹介しつつ,敗戦までの間に中国を詠んだ九百句余りの川柳を,日中関係史の専門家が時代順に読み解き,近代日本人にとって中国とは何であったかを明らかにする.


■著者からのメッセージ
何となく革命軍に勝たせたし
 これは明治44(1911)年10月24日の『国民新聞』に掲載された川柳で,そのわずか10日ほど前に始まった辛亥革命が題材である.選題「清国の叛乱」に応募して選ばれた一人の庶民の句である.はじめてこの句を見かけたとき,「何となく」,「勝たせたし」に,当時の庶民の中国観が凝縮されていると私には思われた.
 そこで時事川柳を通して,当時の庶民の日常生活において,中国がどうイメージされていたか,川柳を時代の証言として,同時代の社会時評として生かせたらと思うようになった.
 侵略は満州から始まった.満州の大地は同胞の血が染み込んだ聖地であり,満州は日本の生命線とされた.今流に言えば,ライフラインだから外交も条約も無視する.だから攻撃が正義だという.
   満州は別さと眉に唾をつけ    昭和2年3月15日
   正義とはそも大砲を撃つ事ぞ   昭和6年11月
   兄弟は五人亜細亜に散らばって  昭和18年10月

 満州が家庭や職場の巷の庶民生活に影をおとしはじめ,ついには満州事変,日中戦争,アジア・太平洋戦争に突入する.次はヒューマニスト小田夢路の川柳である.彼は1945年8月6日,広島で爆死した.
   一人一人戦死傷者を見逃さず
   戦争へありとあらゆる人動く
 大陸に在住した川柳人の句にも注目したい.華北交通を終の職場とした石原青龍刀は社員会誌『興亜』に,酔眼朦朧としてどなりちらしている「盟主」日本人を揶揄した句を発表した.
   東洋の盟主ださうな千鳥足   昭和16年6月
   徳はなし況んや言語不通をや  同年7月

 特攻隊員の川柳は是非とも後世に伝えなければならない
   生きるのは良いものと気がつく三日前
   特攻へ新聞記者の美辞麗句

 軍神なんておだてはよしてくれ,と為政者に,軍指導者に,メディアに対しての異議の申し立てである.これまであまり顧みられなかった川柳を資料として,日中関係の推移と日露戦争からアジア・太平洋戦争までの歴史を叙述してみたのが本書である.
まえがき
  目次
  序章 三人の川柳人――井上剣花坊,石原青龍刀,東野大八


I 新川柳の誕生――日露戦争前後,そして満洲

  第一章 新川柳の立役者たち
    新川柳の誕生――あの音は秋劍来ると覚えたり
    日露戦争――喧嘩は勝つもの掛合は負けるもの
    脱亜入欧――ノッソリと一等国へ顔を出し

  第二章 満洲とは――満洲は別さと眉に唾をつけ
    昭和開幕――うららかさ淋しさ昭和2年春
    在満の柳人達――通人の俺等と野暮の彼との差
    高梁と馬賊――高梁の実りへ戦車と靴の鋲
    苦力――山東と答えて苦力ニッとする


II 「中華民国」と日本

  第三章 相生相克――何となく革命軍に勝たせたし
    辛亥革命――差当り孫逸仙が国性爺
    第2・第3革命――銭になる首孫黄持歩き
    欧州戦争――十年目又号外の当り年
    張作霖爆殺――貴賓車の砕けた底にあるいのち
    南京国民政府――風呂敷のやうな青天白日旗
    「軟弱」外交――三菱の婿に任せてこの始末

  第四章 満洲事変とその時代――亡国の歴史日本をとりかこみ
    柳条湖事件――正義とはそも大砲を撃つ事ぞ
    テロリズム――5・15事件へ女房説を立て
    非常時・昭和9年――長城がうしろになった日章旗
    昭和11年――言論の自由をここに幼稚園


III 日中戦争から敗戦まで

  第五章 アジア・太平洋戦争――兄弟は5人亜細亜に散らばって
    盧溝橋事件――軍服は誰にも似合ふ日本人
    昭和15年――西暦を忘れた二千六百年
    川柳人の死――戦争へありとあらゆる人動く

  第六章 翻弄される人びと――戦争に征ったきりだと子に伝え
    兵役――入営の日から除隊の日を数へ
    廃兵・傷痍軍人――空っぽの袖よその子がまたのぞき
    第13期海軍飛行予備学生――ジャズ恋し早く平和が来れば良い
    敗戦・引揚げ――敗戦に餓死とは書けぬ兵の死に

  終章 大陸引揚柳人同窓会――小心火車しかし事変は爆破から


  註
  あとがき
  川柳関連年表
  引用川柳索引
中村 義(なかむら ただし)
1929年東京生まれ.東京学芸大学名誉教授,二松学舎大学客員教授.専門は近代中国史,近代日中関係史.
主な著書に,『辛亥革命史研究』(未來社,1979年),『白岩龍平日記――アジア主義実業家の生涯』(研文出版,1999年)ほか.
編著に,『新しい東アジア像の研究』(編著,三省堂,1995年),『近代日中関係史年表』(共編,岩波書店,2006年)ほか.

書評情報

歴史評論 2008年2月号
週刊金曜日 2008年1月18日号
國文學 2007年12月号
図書新聞 2007年11月17日号
週刊ポスト 2007年11月2日号
週刊読書人 2007年11月2日号
サンデー毎日 2007年10月28日号
朝日新聞(朝刊) 2007年10月28日
読売新聞(朝刊) 2007年10月7日
日本経済新聞(朝刊) 2007年8月27日
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