役割理論の再構築のために
『著作集』で書籍化された長大論文を単行本化.心理学・社会学との対話を図る本論は,体系への思考過程を示す.
その『著作集』第五巻で初めて書籍化された長大な論考を,要望に応え単行本化.心理学的・社会学的な役割行為論との対話を図った本論は,実践的世界の存在構造の解明を行う『存在と意味』第二巻へと至るダイナミックな思考過程を示す.近時改めて注目されているこの独創的な哲学者の体系の主稜線に聳える一書である.(解説=熊野純彦/解題=小林昌人)
■解説者からのメッセージ
三つの発生論――80年代の廣松渉
熊野純彦
1980年代の廣松渉は,三つの起源論あるいは発生論を構想していた.ひとつは,商品交換ならびに貨幣の生成をめぐる,考古学,古代史学,文化人類学などの知見を駆使した考察であり,これは「人類生態系と生産物交換――覚書」としてまとめられる(『生態史観と唯物史観』ユニテ,1986年刊,所収).いまひとつは,一般史学,経済史学等々の成果を利用しながら,近代西欧の産業資本主義と国民国家の形成にかかわる歴史的な偶然と必然,およびそこにはらまれる暴力性を暴露した仕事である.一書は,著者の最晩年に歴史シリーズ「これからの世界史」の一冊として刊行された(『近代世界を剥ぐ』平凡社,1993年刊).最後に,役割行動と交通活動,また制度の発生をめぐる,発達心理学,言語心理学,社会学などとの対話を積みかさねた哲学的な思考がある.本書の主要部分を構成する長大な雑誌連載稿がそれであり,没後『著作集』第五巻(岩波書店,1996年)にまとめられた.
1980年代の末,解説者(熊野)は,発達心理学者たちの研究会に参加している.あるとき,参加者たちの要請によって廣松に連絡をとり,研究会での報告を依頼した.以後,廣松はその研究会に継続して参加し,心理学者たちの発表に耳をかたむけつづけた.研究会後の酒席で廣松に,なぜ発生論に関心をもつのか,問いただしたことがある.廣松はすこし考え,「現にある制度や権力,国家が,唯一可能なものではないことを示したいから」と答えた.これはおそらく,廣松の主著『存在と意味』第一巻が,どちらかといえば認識の構造分析を主軸としていたのに対して,第二巻が大きく発生論的考察を摂取している理由でもある.その日の会話には,ほかにも忘れがたいやりとりがふくまれているけれども,ここではふれない(『戦後思想の一断面 哲学者廣松渉の軌跡』ナカニシヤ出版,参照).
本書『役割理論の再構築のために』は,著者のそうした志向を,人間存在の社会性の生成という,もっとも基底的な場面にそくしてあきらかにしようとするころろみである.それは『存在と意味』第二巻を直接に準備するものであったとともに,主著の脈絡では構造論的考察の周辺でやや見えにくくなっている,廣松哲学における発生論的な思考のモチーフを端的に表現するものともなっている.ひろく諸分野の研究者に,またさまざまな関心をいだく読者に読まれつづけることを希望してやまない.
■解説者からのメッセージ
三つの発生論――80年代の廣松渉
熊野純彦
1980年代の廣松渉は,三つの起源論あるいは発生論を構想していた.ひとつは,商品交換ならびに貨幣の生成をめぐる,考古学,古代史学,文化人類学などの知見を駆使した考察であり,これは「人類生態系と生産物交換――覚書」としてまとめられる(『生態史観と唯物史観』ユニテ,1986年刊,所収).いまひとつは,一般史学,経済史学等々の成果を利用しながら,近代西欧の産業資本主義と国民国家の形成にかかわる歴史的な偶然と必然,およびそこにはらまれる暴力性を暴露した仕事である.一書は,著者の最晩年に歴史シリーズ「これからの世界史」の一冊として刊行された(『近代世界を剥ぐ』平凡社,1993年刊).最後に,役割行動と交通活動,また制度の発生をめぐる,発達心理学,言語心理学,社会学などとの対話を積みかさねた哲学的な思考がある.本書の主要部分を構成する長大な雑誌連載稿がそれであり,没後『著作集』第五巻(岩波書店,1996年)にまとめられた.
1980年代の末,解説者(熊野)は,発達心理学者たちの研究会に参加している.あるとき,参加者たちの要請によって廣松に連絡をとり,研究会での報告を依頼した.以後,廣松はその研究会に継続して参加し,心理学者たちの発表に耳をかたむけつづけた.研究会後の酒席で廣松に,なぜ発生論に関心をもつのか,問いただしたことがある.廣松はすこし考え,「現にある制度や権力,国家が,唯一可能なものではないことを示したいから」と答えた.これはおそらく,廣松の主著『存在と意味』第一巻が,どちらかといえば認識の構造分析を主軸としていたのに対して,第二巻が大きく発生論的考察を摂取している理由でもある.その日の会話には,ほかにも忘れがたいやりとりがふくまれているけれども,ここではふれない(『戦後思想の一断面 哲学者廣松渉の軌跡』ナカニシヤ出版,参照).
本書『役割理論の再構築のために』は,著者のそうした志向を,人間存在の社会性の生成という,もっとも基底的な場面にそくしてあきらかにしようとするころろみである.それは『存在と意味』第二巻を直接に準備するものであったとともに,主著の脈絡では構造論的考察の周辺でやや見えにくくなっている,廣松哲学における発生論的な思考のモチーフを端的に表現するものともなっている.ひろく諸分野の研究者に,またさまざまな関心をいだく読者に読まれつづけることを希望してやまない.
I
役割理論の再構築のために
――表情現相・対人応答・役割行動――
第一章 表情現相の構成
第一節 表情現相の基幹的構成
第二節 認知反応の生理的機制
第三節 意識体験の自他的帰属
第二章 対人応答の進捗
第一節 対人共振と共鳴的同調
第二節 対人共応と信号的送受
第三節 対人共同と模倣的協応
第三章:役割行為の構造
第一節 役割行動と期待的覚識
第二節 役割所作と規則的随順
第三節 役割行為と対他的調整
II
人格的主体と対他的役割存在
自己と他己との相互的共軛性
解説(熊野純彦)
解題(小林昌人)
役割理論の再構築のために
――表情現相・対人応答・役割行動――
第一章 表情現相の構成
第一節 表情現相の基幹的構成
第二節 認知反応の生理的機制
第三節 意識体験の自他的帰属
第二章 対人応答の進捗
第一節 対人共振と共鳴的同調
第二節 対人共応と信号的送受
第三節 対人共同と模倣的協応
第三章:役割行為の構造
第一節 役割行動と期待的覚識
第二節 役割所作と規則的随順
第三節 役割行為と対他的調整
II
人格的主体と対他的役割存在
自己と他己との相互的共軛性
解説(熊野純彦)
解題(小林昌人)
廣松 渉(ヒロマツ ワタル)
1933年8月11日~1994年5月22日
伝習館高校除籍.大検により東京大学に進み同大学院単位取得退学(人文学研究科哲学専攻).名古屋工大を経て名古屋大学助教授.1970年同大辞職.1976年東京大学教養学部助教授,のち教授を経て,1993年同大名誉教授・河合文化教育研究所主任研究員.翌年病没.
『廣松渉著作集』全16巻ほか著作多数.
1933年8月11日~1994年5月22日
伝習館高校除籍.大検により東京大学に進み同大学院単位取得退学(人文学研究科哲学専攻).名古屋工大を経て名古屋大学助教授.1970年同大辞職.1976年東京大学教養学部助教授,のち教授を経て,1993年同大名誉教授・河合文化教育研究所主任研究員.翌年病没.
『廣松渉著作集』全16巻ほか著作多数.