宗教の系譜

キリスト教とイスラムにおける権力の根拠と訓練

西洋の知のヘゲモニーの歴史と構造を鋭く抉り出す.近代学問が隠蔽してきた知の異なった起源とは?

宗教の系譜
著者 T.アサド , 中村 圭志
ジャンル 書籍 > 単行本 > 宗教
刊行日 2004/01/27
ISBN 9784000233859
Cコード 3014
体裁 A5 ・ 上製 ・ カバー ・ 382頁
在庫 品切れ
西洋が他者理解のために作り上げた人類学を西洋自身の歴史に適用するとき,なにが見えてくるだろうか.近代的な宗教概念の形成を素材として,西洋の知のヘゲモニーの歴史と構造をイスラームと対比しつつ鋭く抉り出す本書は,近代の学問が隠蔽してきた知の異なった起源や由来の探求へと人々をいざなう,強い力を秘めている.

■訳者からのメッセージ

本書の内容はまことに多面的であるが,その骨格は「宗教の系譜」というタイトルのうちに現れている.「系譜(学)」というニーチェやフーコーに由来する言葉からは,著者が,「宗教」をめぐる今日の概念の普遍性に疑問をつきつけていること,その成立の歴史を普遍へ向けての進化史とは異なる形で追究していること,「宗教」をめぐる知の営みに権力の過程がどのような形で関わるのか,その査定を試みていることが読み取れるだろう.……
 このように,宗教,政治,公共的議論を分節化する歴史的営為の全体を視野におさめることによって,啓蒙主義や今日のリベラリズムを含む西洋の伝統と,サウジアラビアなどにおけるイスラムの伝統との間にある構造的なずれを論じることができるようになる.それぞれの伝統は,固有の制約,権力構造,推論形式を有しており,個々の要素を単純に結びつけて論じるのは危険だというのがアサドの考えである.しかし,今日の中東社会は(あるいはイスラム系移民の社会は)西洋の権力に対する様々な応答が交錯する場であり,伝統的な推論が追究できる空間はますます狭くなってきている.アサドは単純にイスラムと西洋とを対比しているのではない.むしろ西洋とイスラムなど非西洋社会の間の(「帝国主義」的な関係を含む)非対称的で不均等な権力構造の意味,西洋に由来し,世界中に広がりつつある能動主体を強調するエートスの意味を問おうとしているのである.
 このようにアサドの議論は,(西洋とイスラムをめぐる)具体的問題意識から離れることがない一方で,常にその裏に,系譜,権力と訓練,身体と共同体,受動性(受苦と服従)といった,知識の文脈をなすものをめぐる慎重な思索が控えている.極めて奥行きのある議論ではないかと思う.この思考が決して抽象的なものではないことは,ラシュディ事件という時局的な問題に対するアサドの具体的な応答の仕方によく現れている.本書は,人類学の理論,西洋の中世,イスラム,移民問題と,多岐にわたる内容をもっているが,読むにつれて,それらがみな縦横に結びついていることに読者は気づくであろう.

(「訳者あとがき」より
翻訳についての注記
  序  章

 系  譜
第一章 人類学の範疇としての「宗教」の構築
第二章 「儀礼」概念の系譜を描くために

 古  語
第三章 中世キリスト教の儀礼における苦痛と真理
第四章 中世キリスト教の修道生活における訓練と謙遜

 翻  訳
第五章 中東における宗教的批判の制約
――イスラムの公共的議論について――

 論  争
第六章 民族誌,文学,政治
――サルマン・ラシュディ作『悪魔の詩』はどう読まれ,どう利用されているか――

  原  注
謝  辞
訳者あとがき
文献一覧
索  引
タラル・アサド(Talal Asad)
1933年サウジアラビアに生まれる.幼少時インドに移住し,英国に移ってエディンバラ大学を卒業.ハルツーム大学(スーダン)で教鞭をとりつつ,現地でフィールドワークを行い,1968年にオックスフォード大学で博士号取得.現在,ニューヨーク・シティー大学教授.本書以外のおもな著書として,The Kababish Arabs: Power, Authority and Consent in a Nomadic Tribe( C. Hurst & Company, London, 1970),Formations of the Secular: Christianity, Islam,Modernity( Stanford University Press, 2003),編著にThe Sociology of Developing Societies: The Middle East(共編),Anthropology and the Colonial Encounterなどがある.
中村圭志(なかむら・けいし)
1958年,北海道小樽市に生まれる.北海道大学工学部,同大学文学部卒業.東京大学大学院博士課程修了.宗教学専攻.訳書 R・N・ベラー他『心の習慣――アメリカ個人主義のゆくえ』(共訳,みすず書房,1991年),同『善い社会――道徳的エコロジーの制度論』(みすず書房,2000年),増澤知子『夢の時を求めて――宗教の起源の探究』(玉川大学出版部,1999年).

書評情報

読売新聞(朝刊) 2004年5月2日
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