〈物語と日本人の心〉コレクション Ⅲ
神話と日本人の心
日本人の心性の深層を日本神話から読み解く!
河合隼雄が,ユング派分析家資格取得論文のテーマであった,日本神話の意味と魅力を,日本人読者に向けわかりやすく語る.太陽神アマテラスはなぜ女性なのか? ツクヨミの日本神話における役割とは? 世界の神話・物語との比較の中で日本人独特の心性の深層にせまるとともに,現代社会の課題を探る.晩年の主著,初の文庫化.(解説=中沢新一)
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『昔話と日本人の心』など,日本の昔話と外国の昔話を比較して日本人独特の心性の深層にせまった河合隼雄の議論は,有名である.それに最初に反応したのは,日本の児童文学者たちだったことが,自伝(『河合隼雄の読書人生』岩波現代文庫)にある.その後も,昔話など子ども向けの話だけでなく,竹取物語や源氏物語など日本の古典文学を通して,日本人独特の心性を河合隼雄は探り続け,読者に提供してきた(本コレクション『源氏物語と日本人』 『物語を生きる』参照.いずれも岩波現代文庫).
そして,最晩年に満を持して書かれたのが,この『神話と日本人の心』である.実は,本書の原型は,河合隼雄のユング分析家資格取得論文であった.それでは,なぜこの本が最晩年(2003年)に上梓されたのか.ヒントは,本書の「あとがき」の中にある.
第二次世界大戦のときに軍閥によって日本神話が利用され,そのために思春期のときに抱いた嫌悪感は非常に強く,日本神話に関心をもつことなどあり得ないと思っていた.しかし,アメリカ,スイスと留学を続け,それもひたすら自己の内面を探索することを第一義とする訓練を受けているなかで,日本神話が自分にとって深い意味をもつことを知ったときは,驚きであると共に,それをそのまま受け入れることには強い抵抗を感じた.昔話については親近感を感じていたが,日本神話に対する拒否感は実に強いものがあったからである.
(本書「あとがき」355頁)
ところが,分析家のマイヤー氏に「自分のルーツを探ろうとしているうちに,自国の神話がでてくるのは,むしろ当然ではないか」と言われ,日本神話を読んでみると確かに面白いので,日本神話をもとにしてユング派分析家の資格取得の論文を書こうと河合隼雄は決心する.マイヤー氏の紹介でハンガリーの神話学者ケレニイ博士に会って「神話を何度も何度も読んで,心のなかに生まれてくる詩をそのまま書けば,最上の論文になる」と言われたことも,きっかけの一つとなったようだ.
そして,1965年にめでたく資格を取得して帰国するのだが,最終試験の論文試問のときに,マイヤー氏は次のように言ったという.
試験官のマイヤー先生は「この論文には,お前の年齢に似ず,六十歳の知恵がある.日本に帰国したら,ここに書かれた内容を日本の人たちに伝えるのが,お前の使命だ」と言われた.私は大変に有難く感じたが,「いま日本で神話について述べても誰もまともに相手にしてくれないでしょう.いつか適切な時が来たら,世に問いたいと思う」と答え,それはそのようにすればいい,と先生は言われた.
(本書「あとがき」356頁)
そして,グローバル化の中で日本人のアイデンティティが問われている時代,この本がまさに日本人にとって必要になった時期に発表されたことは,本にとっても喜ばしいことであったのではないか.また,河合隼雄自身にとっても,まさに「六十歳の知恵」が熟成した時期に書かれたこともあり,一般の日本人にわかりやすい口調で,昔話や古典文学の知識を土台にして語ることができたこともよかったのではないか,と思う.河合隼雄の最晩年の代表作が文庫化されて,さらに多くの人びとに読まれることを心から願ってやまない.
(文中敬称略,現代文庫編集部 S.N.)
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『昔話と日本人の心』など,日本の昔話と外国の昔話を比較して日本人独特の心性の深層にせまった河合隼雄の議論は,有名である.それに最初に反応したのは,日本の児童文学者たちだったことが,自伝(『河合隼雄の読書人生』岩波現代文庫)にある.その後も,昔話など子ども向けの話だけでなく,竹取物語や源氏物語など日本の古典文学を通して,日本人独特の心性を河合隼雄は探り続け,読者に提供してきた(本コレクション『源氏物語と日本人』 『物語を生きる』参照.いずれも岩波現代文庫).
そして,最晩年に満を持して書かれたのが,この『神話と日本人の心』である.実は,本書の原型は,河合隼雄のユング分析家資格取得論文であった.それでは,なぜこの本が最晩年(2003年)に上梓されたのか.ヒントは,本書の「あとがき」の中にある.
第二次世界大戦のときに軍閥によって日本神話が利用され,そのために思春期のときに抱いた嫌悪感は非常に強く,日本神話に関心をもつことなどあり得ないと思っていた.しかし,アメリカ,スイスと留学を続け,それもひたすら自己の内面を探索することを第一義とする訓練を受けているなかで,日本神話が自分にとって深い意味をもつことを知ったときは,驚きであると共に,それをそのまま受け入れることには強い抵抗を感じた.昔話については親近感を感じていたが,日本神話に対する拒否感は実に強いものがあったからである.
(本書「あとがき」355頁)
ところが,分析家のマイヤー氏に「自分のルーツを探ろうとしているうちに,自国の神話がでてくるのは,むしろ当然ではないか」と言われ,日本神話を読んでみると確かに面白いので,日本神話をもとにしてユング派分析家の資格取得の論文を書こうと河合隼雄は決心する.マイヤー氏の紹介でハンガリーの神話学者ケレニイ博士に会って「神話を何度も何度も読んで,心のなかに生まれてくる詩をそのまま書けば,最上の論文になる」と言われたことも,きっかけの一つとなったようだ.
そして,1965年にめでたく資格を取得して帰国するのだが,最終試験の論文試問のときに,マイヤー氏は次のように言ったという.
試験官のマイヤー先生は「この論文には,お前の年齢に似ず,六十歳の知恵がある.日本に帰国したら,ここに書かれた内容を日本の人たちに伝えるのが,お前の使命だ」と言われた.私は大変に有難く感じたが,「いま日本で神話について述べても誰もまともに相手にしてくれないでしょう.いつか適切な時が来たら,世に問いたいと思う」と答え,それはそのようにすればいい,と先生は言われた.
(本書「あとがき」356頁)
そして,グローバル化の中で日本人のアイデンティティが問われている時代,この本がまさに日本人にとって必要になった時期に発表されたことは,本にとっても喜ばしいことであったのではないか.また,河合隼雄自身にとっても,まさに「六十歳の知恵」が熟成した時期に書かれたこともあり,一般の日本人にわかりやすい口調で,昔話や古典文学の知識を土台にして語ることができたこともよかったのではないか,と思う.河合隼雄の最晩年の代表作が文庫化されて,さらに多くの人びとに読まれることを心から願ってやまない.
(文中敬称略,現代文庫編集部 S.N.)
序章 日の女神の輝く国
一 日の女神の誕生
二 神話の意味
三 現代人と神話
四 日本神話を読む
第一章 世界のはじまり
一 天地のはじめ
二 生成と創造
三 最初のトライアッド
四 神々の連鎖
第二章 国生みの親
一 結婚の儀式
二 男性と女性
三 意識のあり方
四 国生みと女神の死
五 火の起源
第三章 冥界探訪
一 イザナキの冥界体験
二 禁止を破る
三 原罪と原悲
四 原罪と日本人
第四章 三貴子の誕生
一 父親からの出産
二 目と日月
三 アマテラスとアテーナー
四 ツクヨミの役割
五 第二のトライアッド
第五章 アマテラスとスサノヲ
一 スサノヲの侵入
二 誓約
三 天の岩戸
四 アマテラスの変容
第六章 大女神の受難
一 大女神デーメーテール
二 再生の春,笑い
三 イナンナの冥界下り
四 イザナミ・アマテラス・アメノウズメ
第七章 スサノヲの多面性
一 スサノヲの幼児性
二 トリックスター
三 オオゲツヒメの変容
四 英雄スサノヲ
五 スサノヲ・ヤマトタケル・ホムチワケ
第八章 オオクニヌシの国造り
一 稲葉の素兎
二 オオクニヌシの求婚
三 スサノヲからオオクニヌシへ
四 スクナビコナとの協調
第九章 国譲り
一 均衡の論理
二 大いなる妥協
三 タカミムスヒの役割
四 サルダヒコとアメノウズメ
第十章 国の広がり
一 海幸と山幸
二 「見畏む」男
三 第三のトライアッド
第十一章 均衡とゆりもどし
一 均衡のダイナミズム
二 三輪の大物主
三 夢と神
四 サホビコとサホビメ
五 結合を破るもの
第十二章 日本神話の構造と課題
一 中空均衡構造
二 他文化の中空構造神話
三 ヒルコの役割
四 現代日本の課題
あとがき
解説 日本神話にみる三元論の思考 中沢新一
<物語と日本人の心>コレクション 刊行によせて 河合俊雄
事項索引
固有名詞索引
一 日の女神の誕生
二 神話の意味
三 現代人と神話
四 日本神話を読む
第一章 世界のはじまり
一 天地のはじめ
二 生成と創造
三 最初のトライアッド
四 神々の連鎖
第二章 国生みの親
一 結婚の儀式
二 男性と女性
三 意識のあり方
四 国生みと女神の死
五 火の起源
第三章 冥界探訪
一 イザナキの冥界体験
二 禁止を破る
三 原罪と原悲
四 原罪と日本人
第四章 三貴子の誕生
一 父親からの出産
二 目と日月
三 アマテラスとアテーナー
四 ツクヨミの役割
五 第二のトライアッド
第五章 アマテラスとスサノヲ
一 スサノヲの侵入
二 誓約
三 天の岩戸
四 アマテラスの変容
第六章 大女神の受難
一 大女神デーメーテール
二 再生の春,笑い
三 イナンナの冥界下り
四 イザナミ・アマテラス・アメノウズメ
第七章 スサノヲの多面性
一 スサノヲの幼児性
二 トリックスター
三 オオゲツヒメの変容
四 英雄スサノヲ
五 スサノヲ・ヤマトタケル・ホムチワケ
第八章 オオクニヌシの国造り
一 稲葉の素兎
二 オオクニヌシの求婚
三 スサノヲからオオクニヌシへ
四 スクナビコナとの協調
第九章 国譲り
一 均衡の論理
二 大いなる妥協
三 タカミムスヒの役割
四 サルダヒコとアメノウズメ
第十章 国の広がり
一 海幸と山幸
二 「見畏む」男
三 第三のトライアッド
第十一章 均衡とゆりもどし
一 均衡のダイナミズム
二 三輪の大物主
三 夢と神
四 サホビコとサホビメ
五 結合を破るもの
第十二章 日本神話の構造と課題
一 中空均衡構造
二 他文化の中空構造神話
三 ヒルコの役割
四 現代日本の課題
あとがき
解説 日本神話にみる三元論の思考 中沢新一
<物語と日本人の心>コレクション 刊行によせて 河合俊雄
事項索引
固有名詞索引
河合隼雄(かわい はやお)
1928年兵庫県生まれ.京都大学理学部卒業.1962年よりユング研究所に留学,ユング派分析家の資格取得.京都大学教授,国際日本文化研究センター所長,文化庁長官を歴任.2007年7月逝去.岩波書店より「河合隼雄著作集」(第一期,第二期)刊行.河合俊雄(かわい としお)
1957年奈良県生まれ.京都大学教育学研究科博士課程中退.チューリッヒ大学院卒(Ph.D.).ユング派分析家資格取得.現在,京都大学こころの未来研究センター教授.著書に『心理臨床の理論』 『ユング 魂の現実性』ほか.
1928年兵庫県生まれ.京都大学理学部卒業.1962年よりユング研究所に留学,ユング派分析家の資格取得.京都大学教授,国際日本文化研究センター所長,文化庁長官を歴任.2007年7月逝去.岩波書店より「河合隼雄著作集」(第一期,第二期)刊行.河合俊雄(かわい としお)
1957年奈良県生まれ.京都大学教育学研究科博士課程中退.チューリッヒ大学院卒(Ph.D.).ユング派分析家資格取得.現在,京都大学こころの未来研究センター教授.著書に『心理臨床の理論』 『ユング 魂の現実性』ほか.
書評情報
公明新聞 2016年11月28日