失われた時を求めて 1

スワン家のほうへⅠ

伝説に彩られ,畏怖と憧憬をかきたてる20世紀文学の巨峰へ――さあ読破しよう,精確清新な全訳で! 当時の図版多数.(全14巻)

スワン家のほうへⅠ
著者 プルースト , 吉川 一義
通し番号 赤N511-1
ジャンル 書籍 > 岩波文庫 > 赤(外国文学/フランス)
日本十進分類 > 文学
シリーズ 失われた時を求めて
刊行日 2010/11/16
ISBN 9784003751091
Cコード 0197
体裁 文庫 ・ 並製 ・ 468頁
定価 1,100円
在庫 在庫あり
ひとかけらのマドレーヌを口にしたとたん襲われる戦慄.「この歓びは,どこからやって来たのだろう?」 日本の水中花のように芯ひらく想い出――サンザシの香り,鐘の音,コンブレーでの幼い日々.プルースト研究で仏アカデミー学術大賞受賞の第一人者が精確清新な訳文でいざなう,重層する世界の深み.当時の図版を多数収録.(全14巻)


■編集部からのメッセージ
 プルースト『失われた時を求めて』の吉川一義訳を刊行いたします。今回の岩波文庫版で全14巻となる予定の長大な作品は、作者がコルクを貼った部屋に閉じこもって書いたとか、さまざまな伝説に包まれています。どうしても畏怖や憧れが先行しがちで、分量が分量だけに読むのに挫折したという話もよく聞きます。しかし担当編集者としては、この新訳ならすらすら読めて『失われた時を求めて』の魅力を堪能していただけるのではないかと期待しています。新訳にどのような特徴があるのか、大きな点をご紹介します。
 一つは、何よりも原文のリズムを活かしたうえで、読みやすい日本語を目指したことです。『失われた時を求めて』は作品全体も長いですが、個々の文章も独特の長文で書かれています。しかもその長さは、できごとや連想の順序と関わっていて、日本語として分かりやすくするために語順を崩して訳すとその流れを断ち切ることになります。一つ例を挙げれば、主人公が夜中に目を覚ました冒頭の場面――
「汽車の汽笛が、あるときは遠く、あるときは近く、森のなかで一羽の小鳥がさえずるように聞こえてきて、距離の違いを際立たせ、描き出してくれるのは人けのない野原の広がりで、そこを旅人が最寄りの駅に急いでいる」(26頁)。汽車の汽笛→小鳥→野原→旅人と、夜中の連想がつながっていくのがわかります。これは一例にすぎませんが、文章を頭から読んでいってイメージの連鎖が頭に浮かぶと思っていただければ、これほど嬉しいことはありません。
 もう一つ、『失われた時を求めて』には喩えが多用されますが、作者が何を念頭に置いてその表現を使っているのかが明確でない場合も少なくありません。本訳では、可能なかぎりプルースト自身が目にした当時の刊本から多数の図版を(本文の邪魔にならないよう)収録し、それを明示する工夫をしています。たとえば、近代的技術を嫌い美的価値を優先する祖母から主人公がもらった名画の複製プレゼントのせいで、ときに不正確な情報が植え付けられたという一例に引かれる、ティツィアーノのヴェネツィアのデッサンとはどんなものか。プルーストが愛読したラスキン全集から転載した図版をぜひとも見ていただきたいと思います(103頁)。
 ちなみに、訳者の吉川一義先生の専門は、プルーストの絵画研究・草稿研究。その成果は『プルースト美術館』(筑摩書房、1998)、『プルーストと絵画』(岩波書店、2008)にまとめられ、また同様の内容が、プレイヤード版の編者ジャン=イヴ・タディエの序を付けてフランスでも刊行されています。本訳書に掲載された図版や訳注は、それらフランス本国でも高く評価されている研究の成果でもあります。
 訳者は、上記タディエによる現時点で最も詳しいプルーストの伝記『評伝 プルースト』(上下、筑摩書房、2001)も訳しています。今回の文庫には、それに基づくやや詳しい年譜と、作品の舞台となった1900年前後の様子を再現した地図も付けました。『失われた時を求めて』の幾つかのモチーフを触発したできごとや、言及される土地の地理関係といった本文に直接関わりのあることはもちろん、生前はほとんど売れなかったと言われる『失われた時』の初版の状況やプルーストの相続した遺産額など、それだけ読んでも興味深いはず。いつか、この文庫を片手にプルーストゆかりの地へ旅立つ読者の方が出てくれば、というのは担当者の夢想です。
 なお、刊行ペースは、半年に1冊を目処としています。順調に進んでも7年がかりの翻訳、最後までおつきあいくださいますよう、なにとぞよろしくお願い申し上げます。
(2010.11)

書評情報

Discover Japan 2020年6月号
日本経済新聞(夕刊) 2020年1月4日
朝日新聞(朝刊) 2019年3月27日
書評空間 2012年6月19日掲載
北海道新聞(朝刊) 2011年1月30日
週刊文春 2010年12月16日号
毎日新聞(朝刊) 2010年12月12日
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