巻 頭 言・2001年11月号

 科学・技術政策に多元的チャンネルを

新藤宗幸(しんどう むねゆき 立教大学法学部(行政学))

 国土交通省は,2002年度予算の「目玉商品」を自然再生型公共事業だという.これまでの河川,道路などの公共事業で破壊された自然の再生に,公的資金を投下するものである.スポークスマンは大真面目で事業の意義を説いていたが,ブラック・ユーモアかといいたくもなる.行政機関が従来の政策・事業の失敗を謙虚に認め,その修正をはかることには何の異論もない.しかし,国土交通省は大規模な自然破壊が問題視されている川辺川ダムや徳山ダムの建設事業については,継続するとしている.この調子でいくと,マッチポンプさながらに,巨大プロジェクトで自然を破壊し,今度は破壊した環境に手を加える事業への着手,といった循環が限りなく展開されていくことになる.それは公共事業プロジェクトのみならず,公衆衛生や医療,遺伝子組替え,原子力にいたるまで,過去の「失敗」を目先の新しさで繕う政策・事業の実施へと,つながりかねない.
 政策の「失敗」を認識した政策イノベーションとは,政策立案の価値体系を根本から見直さないことには始まらない.ところが,既存の政策に対する批判が高まると,それに応えたかのように装いつつ,従来型思考の延長線上で新たな政策・事業を打ち出してきたのが,とりわけ日本にみられる官僚制行動である.これには多くの市民が苛立ちを覚えてきた.とくに科学・技術を応用した行政領域や,先端科学や技術にもとづく商品・サービスに対する規制行政に,そのような感情が一段と強まっていよう.
 国家による科学・技術の開発プロジェクトをはじめとした科学・技術政策分野には,官僚制の所管部局を核として外部の専門家,企業,さらには自治体にまで外延を広げた政策コミュニティが,強靭につくられている.コミュニティ内にのみ通用する価値体系を前提として,技術開発や政策の立案がおこなわれる.それらは科学・技術の専門性を盾として,市民の批判を「情緒的」とみなす.コミュニティに組み込まれていない専門家の批判は,科学・技術への価値観が違うとして退ける.こうして,政策コミュニティをもとにした科学・技術政策は,閉鎖性と集権性を強めてしまっている.悲惨なHIV薬害事件やJCO被曝事件は,政策コミュニティの病理の具体的あらわれである.
 政府は2001年1月の行政改革にともなって,内閣府に総合科学技術会議を設置した.民間人議員を加えて国家としての科学・技術政策の基本を審議するという.その必要性を否定しないが,いま問われているのは,内閣から独立した科学・技術評価機関の設置である.とりあえずふたつの改革がありうる.ひとつは国会がまさに「国権の最高機関」として科学・技術評価局を設けることである.そしてもうひとつは,憲法第90条で存立を保障されている会計検査院が,アメリカのGAO(米連邦議会会計検査院)にならって,科学・技術政策と政府事業の評価活動を強化することである.いつまでも,公金支出が会計諸規則に合致しているかといった「合規性の検査」に留まっているべき時代ではない.
 政策コミュニティによる科学・技術政策を評価する公的チャンネルが形成され,評価情報の公開による市民との情報共有が実現をみるならば,科学・技術政策を独自に評価しようとするNPO活動もより進展をみる.参加型科学・技術政策への転換を語るのは簡単だが,多元的な評価チャンネルの創出こそが,その前提とされねばなるまい.

 

*無断転載を禁じます(岩波書店‘科学’編集部:kagaku@iwanami.co.jp).

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